2009年施行の水俣病被害者救済法(特措法)で課され、環境省が25年度に着手する「健康調査」について、特殊疾病対策室の森桂室長が「今もまだ被害があるという前提に立っていない」と発言した。同省が調査手法の方針をまとめたことを受けた3月末の朝日新聞の取材に対して述べた。
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調査手法などについて、国の研究機関や識者らへの取材を重ねた上で、4月下旬、室長に発言の趣旨を改めて問うと「『被害がない』という意味ではなかった」と釈明し、今後行う調査が被害の有無を調べるものではない、との趣旨だったと説明した。
一連の発言について、被害者団体や識者らは「現地を回れば、救済に取り残された人がいるのは明らか」「被害に目をつぶり、『幕引き』を図ろうとしている」と批判している。
対策室は環境省の水俣病問題の責任部署で、室長は施策立案や被害者団体との調整などを幅広く担う。24年5月の環境相との懇談で、被害者側の発言を省職員が遮る「マイクオフ」問題が起きた際の進行役は当時の室長で、その後に異動になった。その後任として、同7月に森氏は就任した。今回の取材でのやり取りは以下の通り。
【3月28日】
――環境省が25年度に着手する「健康調査」は、「被害の広がりを捉える」ことを目的に置いているのか
我々としては「地域の健康状態をニュートラルに評価する」のが目的。特措法などの政治解決で、5万人という規模で救済がされてきた中で、その後の確認というところもある。
その時(特措法の救済措置)の目的として「あたう限り」(できる限り)救済するというところをやってきたので、「被害が今もまだあります」という前提に立っているわけではない。行政の方から、なかなかそれ以上のこと(救済)は難しいのかなと思っている。
――団体側が求めているのは全容の解明だ。その先には潜在被害の掘り起こし、救済につなげたいという思いがある
特措法で調査の目的として、「被害の広がりを把握する」と書かれていない、というのは事実としてある。目的は沿岸地域の健康状態を把握することだ。ただ、それは(被害の広がりの把握と)重なる部分があると思う。
【4月25日】
――先日の取材で「被害があるという前提に立っていない」との発言があった。環境省として政策的にそのような整理なのか
ちょっと言葉が過ぎたかもしれない。特措法の趣旨として、あたう限り救済したという経緯があった。その上で、健康調査をする目的は何か、というときに「被害があるかないか」を調べるというよりは、地域の健康状態をニュートラルに評価する、という意味。「被害がない」ということを言ったつもりではなかった。正確に申しあげると、被害があるかどうかは分からない。
――あたう限りの救済を終え、「漏れなく救済した」という意味ではないのか
結果的に(被害が)漏れているのか、漏れていないのか、という判断をしているわけではない。そこは分からない。
訴訟をされたりとか、被害を訴えている方がいらっしゃるというのは認識している。ただ、それが被害なのかどうかは分からない。いろんな「分からない」がある。
――環境省がこれから行う調査は(メチル水銀の曝露(ばくろ)のない)「対照地域」と、曝露の高かった地域、その周辺を「集団比較」する手法。その結果、残された被害の存在が浮かび上がってきたなら、救済策を講じるのか
結果が出ていない現時点で申しあげるのは難しい。比較して仮に差があるとしても、どれくらい、何の差があるのか。まずはその評価をしていくのが大事だ。
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