棋士にとって「機密事項」と思える言葉が突然発せられた。

 「千日手は妥当な気がしたが、後手番の策がなかったのでできなかった」

 藤井聡太名人に永瀬拓矢九段が挑戦した第83期将棋名人戦七番勝負(朝日新聞社、毎日新聞社主催、大和証券グループ協賛)。5月10日、大阪府泉佐野市で指された第3局の決着後のインタビューで、千日手になりそうな局面を打開したことについて問われた永瀬九段はそう答えた。

第3局で敗れ、インタビューに答える永瀬拓矢九段=2025年5月10日午後7時43分、大阪府泉佐野市、菊池康全撮影

 同じ手順が繰り返される千日手は「同一局面4回」で成立する。通常、持ち時間はそのままの状態で先手と後手を入れ替えて指し直すのがルールだ。棋士が千日手を選ぶか打開するかを決める主な判断基準は、その局面の優劣や残りの持ち時間の差だろう。それらは第三者でも認識できるが、「後手番になった時の策の有無」は本人が口にしなければ他の人にはわからない。手の内を明かすような踏み込んだ言葉が意外に感じられた。

 他の棋士はどのように受け止めたのだろう。ユーチューブ「囲碁将棋TV」のライブ中継で副立会人の豊島将之九段に聞いてみると「どこまで本音でしゃべっているかわからない。またすぐに後手番(の対局が)ありますからね」。競争相手の言葉を安易に真に受けないのが、勝負の世界に生きる棋士の習性なのかもしれない。

 今期名人戦は、千日手が度々話題になるシリーズだった。第2局では、駒組みが飽和状態になった段階で数手前と同一局面が現れ、関係者が慌てて対局規定の確認を行った。第4局では、名人戦では6年ぶりとなる千日手が実際に成立。第5局でも再び千日手が生じた。スコアは藤井名人の4勝1敗だったが、7局分の棋譜が紡がれる異例の名人戦となった。

千日手が成立し、対局場を出る藤井聡太名人。後ろ姿は永瀬拓矢九段=2025年5月17日午後5時12分、大分県宇佐市の宇佐神宮、菊池康全撮影

 いくつか疑問が浮かぶ。棋士は対局前、千日手になることをどれぐらい想定しているのだろうか。千日手を受け入れる上で、どんなことを考えているのだろうか。

 5月31日午前1時過ぎ。茨…

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