【動画】シーカヤックで行く南方熊楠ゆかりの無人島=白木琢歩撮影

紀伊国ちゃんねる

 水面スレスレを滑るように、どこへでも移動できるのがシーカヤックの面白さだ。人力だけを頼りにゆっくりと進む姿は、「海の自転車」にたとえられる。

 海上で手を止めて小休止すると訪れる静寂や、木の葉のように波に揺られる自然との一体感がとても心地よい。

 紀伊半島の西側、田辺湾(和歌山県田辺市)は、波が穏やかで初心者でもカヤックを体験するのに適した場所だ。湾内には無人島が点在するが、中でも有名なのが神島(かしま)だ。

 「知の巨人」として世界的に知られ、博物学や民俗学で功績を残した南方熊楠(1867~1941)が、この島の自然を守るために力を尽くした。その自然を保護するため国の天然記念物に指定され、許可なく上陸はできない。

 だが、ギリギリまで海上からカヤックで神島に近寄れるツアーがある。主催しているのはカヤックインストラクターで「アースメイト」代表の大島克也さん(53)。さっそく申し込んでみた。

シーカヤックで南方熊楠ゆかりの神島(写真後方)を間近に眺められる。写真右が筆者=和歌山県田辺市、アースメイト提供

 出発点は田辺市新庄町のマリーナ。大島さんから基本操作や海での注意事項を聞いたあと、知人と2人乗りのカヤックに乗り込み、いざ出艇。両サイドにブレード(水かき)が付いたパドルを肩幅よりやや広めに持ち、左右交互に水をかく。

 その様子を見ていた大島さんから「右斜め前にブレードを入れたら、反対の左手でパドルを前に押し出すのが疲れないコツです」とアドバイスを受けた。なるほど。上半身全体を使って「イチ、ニ、イチ、ニ」と後席の知人と息を合わせてこぐと、思った以上のスピードが出て楽しい。

 途中、海藻のホンダワラがたくさん生えている場所を通りかかった。船体にこすれて進みにくく、パドルにもひっかかる。少々邪魔だなと思って水中をよく見ると、稚魚がたくさん泳いでいた。魚たちが外敵から身を隠して成長する「海のゆりかご」の役割を果たしているのだという。

 「船ならそのまますーっと通り過ぎてしまうところでも、カヤックなら近い距離で直接自然を観察できるんです」。エンジンを積んでいないので、生物たちを驚かせることが少ないのがいい。

ホンダワラの密集地帯を進む。水中では無数の稚魚たちが元気よく泳いでいた=和歌山県田辺市、白木琢歩撮影

 時々休憩しながら約1時間。県内きってのリゾート地・白浜町のホテル群を左手に眺めながら進むうちに、神島が近づいてきた。「おやま」と「こやま」の2島からなる約3ヘクタールの小さな島で、照葉樹林が全体を覆っている。

 この森に神がすむと信じられ、古くから神の島としてあがめられてきた。ところが明治時代の末、国の神社合祀(ごうし)政策で島にあった弁天社が廃社となり、木々も伐採の危機に。熊楠は生物学上の重要性を訴えて保存運動を展開し、1935年に国の天然記念物に指定された。

 指定の少し前、29年には生物学の研究者でもあった昭和天皇がこの島を訪れ、熊楠から説明を受けた記録が残る。島の東側にある天然のビーチに回ると、その時のことを熊楠が詠んだ歌の碑が立っていた。

 手つかずの自然が美しい神島だが、なぜか浜辺に椅子がぽつんと置いてあった。流れ着いたのか、それとも誰かが持ち込んだのか。

 「水上バイクで神島に乗り付ける人がいます。浜辺でバーベキューをしていたこともありました」。ボランティアで海上安全指導員を務める大島さんは、見つけるたびに注意したり、海上保安部に連絡したりするという。

 「もし火事になったら取り返しがつかない。熊楠さんが守ってくれた神島を、僕らも次の世代に引き継いでいく責任があると思っています」。残念な現実を知って、少し気が引き締まった。

 帰りは海からの風を背中に受けて進み、正午前にツアーは終了。自然と歴史を楽しみながら学べて、よい運動にもなるなどいいことずくめ。次はもっと遠くへこぎ出したくなった。

田辺湾のシーカヤックツアー

 今回参加した半日コースはカヤック・ライフジャケットのレンタル料、保険料、ガイド料込みで1人8千円(消費税込み)。1日コースや2時間の体験コース、カヤック上で釣りができるオプションもある。乾きやすい化学繊維系の服装、ぬれてもよい靴、つば付き帽子などの日焼け対策は必須。問い合わせはアースメイト(090・3990・6226)。

シーカヤックで南方熊楠ゆかりの神島(写真後方)を間近に眺められる=和歌山県田辺市、アースメイト提供
シーカヤックで南方熊楠ゆかりの神島(写真後方)を間近に眺められる=和歌山県田辺市、アースメイト提供
シーカヤックで南方熊楠ゆかりの神島(写真後方)を間近に眺められる=和歌山県田辺市、アースメイト提供

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