Smiley face
写真・図版
「戦後80年―平和の影にステルス爆撃機―」 挿絵・福田美蘭 現代社会をイメージした作品を毎月掲載します。

■論壇時評 政治学者・谷口将紀

 選挙結果の分析を月刊誌に掲載するのは難しい。インターネット調査が普及したとはいえ、投開票日直後から有権者調査や開票結果などを分析し、次号の締め切りまでに論文に仕上げるのは至難の業だ。先月の参院選についても、8月中旬までに出そろった各誌の「9月号」で取り上げられているが、ルポや雑感(必ずしも否定的な意味ではない)が中心となるのはやむを得ない。

 参院選では筆者も有権者調査を実施した。その概要をまず簡単に紹介しておきたい。

安倍政権から一転 信用失った自民

 第2期安倍政権が右傾化、すなわち中位投票者の政策スタンスから乖離(かいり)しながらも長期政権を維持できた要因は二つある。第一に、心理的紐帯(ちゅうたい)としての自民党支持が他党を圧倒していたこと。第二に、アベノミクスによる株高や雇用改善により、左右イデオロギーとの関連が弱い経済政策面で人々の信頼を確保できたことである。

 しかし今回、その二つの支柱が揺らいだことが自民党大敗の根本要因となった。自民支持層が実際に同党へ投票した割合――いわゆる「歩留まり」の低さ以上に、支持層自体の縮小が目立ち、国民民主党や参政党などに流れた。年金・医療・介護や財政・金融をはじめ人々の関心が高い政策分野で、自民は「最もうまく対処できる政党」としての評価を野党に逆転されるか、少なくとも肉薄されるまでに信用を失った。

谷口将紀さんによる月1回の「論壇時評」の第5回です。
今回は計10個の論考を紹介し、参院選を振り返ります。

 この信用低下の原因について、エコノミストの河野龍太郎は、実質賃金の停滞とインフレによる生活の悪化、とりわけ非正規労働者に対する経営上のリスクの転嫁が人々の怒りを招いたと指摘する(①)。こうした怒りを察知して、各党は競うように給付や減税を公約に掲げた。困っている人を助けるのは、確かに政治の責務である。しかし、その陰で十分に議論されなかった論点は、主に批判の的となった財源以外にも少なくなかったように思われる。

政治が煽る「モラル・パニック」

 例えば現金給付について千葉県知事の熊谷俊人は、給付対象者のデータ抽出や意思確認、申請の入力、コールセンターの設置といった作業により、実施事務を担う自治体が膨大な負荷を抱え、「さすがに堪忍袋の緒が切れるレベルまで来ている」と警鐘を鳴らす(②)。

 消費減税についても、消費者…

共有