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米ニューヨークで開催のガバナーズ・ボール・ミュージック・フェスティバルで6月9日、パフォーマンスを披露するチャペル・ローン=ロイター

Re:Ron連載「竹田ダニエル 私たちがつくる未来」第5回

 今最も話題のアーティスト、チャペル・ローンをご存じだろうか。

 昨年アルバムをリリースした時のSpotify月間リスナーは100万前後だったのに、今や4千万を超え、見たことがないほどの急成長を遂げている。フェス史に残る人数の動員、楽曲のバイラルヒットを含め話題だが、今彼女の発言が大きな議論を呼んでいる。

 本名がケイリー・ローズ・アムスタッツのチャペル・ローンは、大胆なメロディーとクィアなテーマ性を持ったリリック、そして圧巻のステージパフォーマンスで知られるアメリカのシンガー・ソングライター。

 米ミズーリ州ウィラード出身で、2017年のデビューEP『School Nights』ですでに音楽的に注目を集め、それ以来、彼女の音楽はさらにポップに、さらにきらびやかな「アンセム」と呼べるようなものへと進化し、特に、LGBTQコミュニティーから支持や共感を集めている。より一層ブレークするきっかけとなった20年のシングル「Pink Pony Club」はアップテンポでダンサブルな楽曲として、広くリスナーを得た。

 待望のデビュー・アルバム『The Rise and Fall of a Midwest Princess』の23年9月のリリースを機に、チャペル・ローンのポップ・スターダムへの上昇は加速した。

保守的な地域に生きたクィア女性

 保守的な地域でクィアな女性として生きるリアルな体験やノスタルジックなサウンド、そして昨今のポップスに欠けていたドラマチックな曲構成などがTikTokをはじめとしたSNSでじわじわと話題を集め、今やメインストリームのラジオで彼女の曲を聴かない日はない。リリースから約1年経った現在、ビルボードのビニール盤アルバムチャートの1位を達成し、アルバムチャートでももうすぐ1位を獲得するのではないかと期待されている。

 アーティスト向けのデータ分析プラットフォームChartmetricが作成したグラフを見ると、いくつかの重要な節目がきっかけとなり、急激にブレークを果たしたことが見てとれる。そしてそのファン層の拡大やリスナー数の獲得がいかに短期間で行われたのか、もはや数カ月の間にスターダムへと投げ込まれたこともわかるだろう。

 まず、『The Rise and Fall of a Midwest Princess』のアルバム制作において重要な役割を果たしたプロデューサーのダン・ニグロと共作を行ってきている、Z世代に大人気のオリヴィア・ロドリゴの24年ワールドツアーにサポートアクトとして参加したことが、ローンの知名度の急上昇に大きく貢献した。ローンとロドリゴの音楽性やキャラクターの類似性など、ロドリゴのファン層に刺さる部分も多く、世界中のソールドアウトの観衆の前で行われたローンのオープニングパフォーマンスがSNSで拡散されたり楽曲が急激に多くの人の耳に触れる機会が得られたりしたことによって、「ポップ界に有力な新人が現れた」と話題になった。

 次に、24年3月、ローンはインターネット上の大人気コンテンツである米公共放送NPRのタイニー・デスク・コンサート・シリーズに出演し、彼女のボーカル能力と作曲の才能を見せつける親密なパフォーマンスを披露した。「Pink Pony Club」や「Red Wine Supernova」といった、表現の幅の広さを見せつけるような5曲を披露し、アコースティックパフォーマンスだからこそ浮き彫りになる表現力の強さ、楽曲の魅力、そして奇抜で個性的なそのスタイルはSNS上で大きな注目を集めた。ローンのことをそれまで知らなかった人も、彼女の「ユニークなスター性」に圧倒され、「レディー・ガガ以来のポップアイコンだ」と絶賛する評価も多く見受けられた。

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米ニューヨークで開催のガバナーズ・ボール・ミュージック・フェスティバルで6月9日、パフォーマンスを披露するチャペル・ローンにスマホを向けて撮影するファンたち=ロイター

 さらに、24年4月に行われた米野外音楽フェス「コーチェラ」でのパフォーマンスで世界中に大きな衝撃を与えた。フェスもその会場にいる人だけではなく、オンラインでの配信を通して世界中から見ることができるようになった昨今、アーティストにとっては印象的なパフォーマンスを通して広い客層の記憶に爪痕を残すきっかけとしての働きを持つようになった。キャラクターを演じるようなコスチューム的な衣装と訴えるようにパワフルなパフォーマンス(特に「Good Luck, Babe!」での演出)は、「今の時代に欠けていた才能」としてたちまちSNSで注目の的になった。それ以降フェスに出演するたびに圧倒的な観客数を集め、「奇跡のストーリー」だと音楽業界内でもその人気の急上昇ぶりは伝説となっている。「HOT TO GO!」がフェスで歌われるたびに何万人もの観客が一緒に振り付けを踊り、大きなステージでも恐れずにLGBTQや女性の権利獲得の重要性について訴えたり、アメリカ政府の行いを批判したりするスタンスも、新人アーティストでありながらも大きな反響を呼んだ。

過激なファンがとる距離の近さ「拒否したい」

 そんな中、ファンによるストーキングやハラスメントがあまりにひどくなり、議論が沸騰している。ハグや写真を要求したり、応じなければたたいたり、ネットで誹謗(ひぼう)中傷をしたり、まるで親しい友達かのように錯覚して過激なほど近い距離感を取ってくる人に自分は抵抗したいし拒否をする、それを「普通」だと思いたくない、という趣旨の発言をローンは8月19日に自身のTikTokに投稿した。この動画についてキャプションで、「誰かや特定の出会いに向けられたものではない。これは単なる私の言い分であり、私の感情」と付け加えている。

 「質問に答えてほしい。ちょ…

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