中島京子 お茶うけに
「小さいおうち」で直木賞、「やさしい猫」で吉川英治文学賞などを受賞した小説家の中島京子さんが、日々の暮らしのなかで感じるさまざまなことをつづる連載エッセーです。
我が家にフランス人がやってきた第二弾。
一足遅れで姉のところの長男22歳が来日した。パリで文系の大学院生をしている甥(おい)の2年ぶりの日本滞在で、やりたいことは「洋服を買うこと」と「食べること」。環境保護と動物愛護の精神により、数年前からベジタリアンを標榜(ひょうぼう)している彼は、魚を食べる「ペスコ ベジタリアン」だが、ほんとうは肉もけっこう好きなので、月に一回禁を破る「肉の日」を作っているらしい。
2年前の8月の「肉の日」に、いっしょに両国のとんかつ屋さんに行ったのだが、あまりの旨(うま)さに感激して、キャベツやごはんではなく「とんかつのおかわり」(とうぜん有料)を申し出た。今回も、とにかく行きたいのが、とんかつ屋さんであるという。来日早々に予約を入れていっしょに出かけると、メニューを真剣に検討して定食を二種類注文した。若者はよく食べる。それでも痩せているのは、通常、肉を食べないのと、趣味のボルダリングのために筋トレを欠かさないからだろう。毎日とんかつ定食を2人前ずつ食べられては、たまったものではないが、ふだんは油揚げと釜揚げしらすがあれば満足の甥である。
とはいえ、せっかく日本に来たのだからと、叔母はせっせと、金目鯛(きんめだい)の煮つけ、鰤(ぶり)の照り焼き、鮎(あゆ)の塩焼きと、さかんに魚料理を繰り出す。結局、自分が食べたいからなのだが、食べれば食べるほどに、日本の魚料理の豊富さにうっとりする。帰国前には、好物の鰹(かつお)の叩(たた)きを食べさせたいと思っている。
そんな甥が、フランスの友だちを家に連れてきた。夏だけ、日本の大学で短期のインターンをしているふたりで、AIの専門家(たぶん)とやはりコンピューターを扱う医療関係の専門家(たぶん)。なぜ(たぶん)かといえば、「専門家」のしていることなんて、わたしにはなにがなんだかわからないからだ。
そのフランス人ふたりがなに…