瀬戸内寂聴さんとの思い出を語る荻野アンナさん=2024年5月23日午後3時57分、横浜市中区山手町、岡田匠撮影

荻野アンナさんに聞く③

 瀬戸内寂聴さんといえば、激しい恋愛で知られる。芥川賞作家で慶応大学名誉教授の荻野アンナさん(68)は、男性へと注がれていた愛が出家によって人類愛に高められたと感じている。寂聴さんとの思い出を聞いた。

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 ――寂聴さんの激しい恋をどう感じられますか?

 結婚の安定を捨てることは今では一般的ですが、女性にとって、結婚以外の選択肢がほとんどなかった時代、出奔は大変な決断だったと思います。ただ、その大胆さは恋愛にだけ向けられたわけではありません。

 小説家として売れる前、少女小説を書いていた時期がありました。出版社の編集長にとてもいい学校を紹介してもらい、先生になることが一度は決まっていたそうです。

 ――寂聴さんは東京女子大のときに中学の国語の教員資格をとっていました。

 学校からは、すぐにも来てほしいと言われたとのこと。ところが、ひと晩考え、「先生になったら夢中になって、いい先生になろうとして努力し、小説は二の次になる」と断ったそうです。

 生き方、そのものが大胆不敵です。自分を殺すことが女性にとって美徳だった時代に、自分の欲することを大胆に実行しています。

損な方を選んで強くなった

 ――意志を貫いた強さは何でしょうか。

 書くこと、文学への思いが根底にあったからだと思います。恋愛に夢中のときは、その恋愛に全身全霊を捧げていますが、結果的に何をしていたかといえば、書いています。その連続です。

 世間的に見たら、損な方ばかり選んでいます。戦時中にお見合い結婚した夫は、寂聴さんの多くの恋のなかで、もっともまともな男性だったのかもしれませんが、寂聴さんは、なに不自由のない主婦の座を捨てます。

 その後も、男性に支えてもらう生き方はせず、自立して生きてきました。損な方を選ぶことが寂聴さんを強くしたと思います。その芯にあるのは文学です。

 ――1973年、51歳のときに得度しましたが、その後の生き方にどう影響したと思われますか。

 寂聴さんがテレビで源氏物語について語っていた言葉が印象に残っています。

 源氏物語に出てくる女性たちは源氏の君との関係に悩み、出家することでスーッと丈が高くなります。そのあとは源氏の君に心を動かされることなく、一段と高い精神状態になる、とおっしゃっていました。

 寂聴さん自身も、そういう思いがあったのではないでしょうか。出家することで、過剰なほどの愛情が人類愛に高められました。

 ――人類愛とは、どういうことでしょうか。

 僧侶として幅広い活躍をなさっています。反戦平和を訴え、訪ねてくる人の悩みを聞き、説法によって人々の苦しみを和らげます。瞑想(めいそう)の人であり、行動の人であると申し上げましたが、その行動の対象が1人の男ではなく、人類を視野にいれ、反戦や反原発を訴えていたと思います。

勉強しないと心が栄養失調に

 ――寂聴さんに最後に会ったのはいつですか。

 2017年度に朝日賞を受けられ、帝国ホテルで贈呈式がありましたが、そのときが最後です。「京都に行きますからね」とお約束したのですが、コロナ禍になってしまいました。

 21年に亡くなられたことは報道で知り、「京都に行っておけばよかったなあ」とものすごく後悔しました。もっと、もっとお会いしたかったので残念でなりません。100歳を過ぎても現役で、がんばってくださると思っていました。

 亡くなられたあと、パリに行くたびにいろんな方へのお土産を探しますが、ゲランのクリームを見ると寂しくなります。もうプレゼントすることもないんだなあ、と。

 ――印象深い寂聴さんの言葉は何ですか。

 「勉強しないと心が栄養失調になります」という言葉が好きです。なぜ勉強しなければならないのか、という質問への答えです。これは鎌倉時代の僧侶、叡尊(えいそん)の教えをやさしく言い換えた言葉です。

 寂聴さんはエッセーで、「心が栄養失調になると、想像力が乏しくなります。想像力イコール愛ですから人を愛することもできません」「善悪正邪の判断がつかなくなり、自分が幸せなのか不幸なのかさえも判断がつかなくなります」と書かれています。

 私が研究するラブレーにも「良心のない知識は魂の荒廃だ」という言葉があります。知識をためるだけの勉強は場合によっては心を貧しくします。

 一方、知恵に向かう学びは心を豊かにしてくれます。寂聴さんの言葉もラブレーの言葉も、人生の知恵や人生のあり方を表しています。

 ――寂聴さんが今も慕われる魅力はなんですか。

平和にみえる現代、荻野さんは「率先して行動する人が求められている」と語ります。

 自ら道を切り開いてきたこと…

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