寂庵での法話で反戦を訴える瀬戸内寂聴さん=2015年9月、京都市右京区

江國香織さんに聞く③

 江國香織さん(60)と井上荒野さん(63)は1989年、フェミナ賞を一緒に受賞した。ともに直木賞もとった。才能あふれる2人が仲のいいことに疑問を感じていたのが瀬戸内寂聴さんだ。「ライバルじゃないの? 嫉妬しないの?」と、それぞれに聞いた。寂聴さんのおちゃめな姿を江國さんに教えてもらった。

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 ――フェミナ賞のあとは、いかがでしたか。

 荒野さんと同時受賞で、しかも、2人とも父親が物を書いていたこともあって、たくさんのインタビューを受けました。私が話したことと違うニュアンスの記事があり、とても嫌だったんです。そのことを寂聴さんに相談しました。

 「文章なんていいの。読んだって、みんな、すぐに忘れちゃうから。それにインタビューでしょ? あなたには文責がないんだから。それよりも写真よ。写真はね、『これ、私じゃないわよ』って文句が言えないんだから。写真はきれいに撮ってもらいなさい」

 ただ、まだ20代で若かったんですね。青くさく、「写真はどっちでもいい。話した内容が誤解されてしまう方が耐えがたい」と思っていました。

 ところが、何度もインタビューを受けるうち、ある時期から「記憶に残るのは写真、大事なのは写真」と実感するようになりました。ずいぶんと時間がかかりましたが、寂聴さんの言う通り、寂聴さんが正しいと思いました。

井上荒野さんに「嫉妬しないの?」

 ――寂聴さんと荒野さんとの思い出はありますか。

 荒野さんとは親戚みたいによく会って、よく遊んでいました。寂聴さんに会うたびに「どうして仲がいいの? ライバルだから嫉妬しないの?」と聞かれ、「不思議ねえ」と言われました。

 荒野さんがいないところでは「ほんとのことを言ってごらんなさいよ。ちょっとは悔しいでしょ」「荒野ちゃんの方がうまいとか、私の方がおもしろいとか、ちょっとは思うでしょ」と聞きだそうとするんです。

 私がいないところでは、荒野さんにも同じことを聞いていたんじゃないかな。ただ、晩年はもう聞かれなくなりました。「もう、しょうがない。この2人は団子みたいなコンビだ」と納得してくださったのだろうと想像しています。

 ――同じ作家として寂聴文学は、どのように思われますか。

 寂聴さんの作品はパワフルで、しかも、世の中を騒がせるようなテーマのものがたくさんあります。でも、私にとってはテーマよりも描写の細かいところが魅力的です。

 ――細かいところとは、どんな点ですか。

 これは寂聴さんの小説ではなく、寂聴さんに教えていただいたディテールの話なのですが、フェミナ賞のあとに依頼を受けて書いたのが「ぬるい眠り」という小説でした。そのとき、寂聴さんが心配してくださり、「編集者に見せる前に読んであげるから見せなさい」とおっしゃってくださいました。編集者より先に原稿を見せたのは、このときだけです。

寂聴さんの教え、今も大事に

 寂聴さんは「一つだけ直したら」とアドバイスしてくれました。それは、主人公が暮らすアパートの大家のおばさんです。物語のなかで、1カ所だけしか出てきません。それなのに「耳が遠い大家さんという設定にしなさい」と教えてくれました。

 そのときは意味がわかりませんでした。なぜ、わざわざ耳を遠くする必要があるのか、不思議でした。でも、ちょっとしか出てこない人も読者の印象に残るように書くべきなんですね。

 「すべての登場人物が生きて、ちゃんと呼吸をしているように書きなさい。メインではない登場人物も生身に見せる」

 寂聴さんの教えを理解できるようになったのは、ずいぶんとたってからです。このことは、今も小説を書いていくうえで大事にしています。

 ――寂聴さんの小説では、いかがでしょうか。

ベッドシーンを書くことが苦手だった江國さんの背中を押したのは「脳内寂聴さん」でした。記事の後半で詳細が語られます。

 最晩年の小説「星座のひとつ…

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