直木賞作家の門井慶喜(よしのぶ)さん(53)は、明治時代の日本や近代建築に詳しい。京都で学生時代を過ごしたこともあり、これまで琵琶湖疏水の施設に足を運んできた。疏水の魅力や国宝になる意味を聞いた。
明治天皇が東京に遷(うつ)り、京都は灯の消えたように衰退しました。その京都に再び灯をともしたのが疏水です。
滋賀では琵琶湖の水がなくなると反対の声もあったそうです。福沢諭吉が有名ですが、東京からは古都の景観が損なわれるという反対意見もありました。
そのなかでも疏水は、いわゆる「お雇い外国人」を使わずに、日本人の手でなし遂げられた事業であることが素晴らしいと思います。
疏水を生かした水力発電所ができたことで、島津製作所をはじめ京都の工業の基礎が築かれました。南禅寺にある水路閣もそうですが、京都にれんが造りの建物ができ、電車も走りました。
疏水がなければ、京都は宗教都市、あるいは狭い文化的都市で終わった可能性があります。帝国大学(現・京都大)も、京都にはできなかったかもしれません。
疏水は京都に近代化をもたらしました。もっといえば、疏水は京都に近代の風景があってもいいということを示しました。
なにより、京都の人たちに「京都は終わった都市ではない。私たちは近代人だ」という誇りを抱かせたと思います。
そんな疏水の施設が近代の土木構造物として初めての国宝になります。柔軟ですね。国宝、文化財という概念が広がるきっかけになります。