多発する自然災害、激変する環境、いま現在も進む経年劣化。文化財を取り囲む状況は予断を許さない。悠久のときをへて生き延びてきた歴史遺産を未来へ手渡すには――。数々の調査や保存・修復に携わってきた高岡市美術館(富山県)の村上隆館長に聞いた。
高岡市美術館長 村上隆さん
――「文化財」ってなんでしょう?
「文化財」はもともと行政用語で、文化財保護法(1950年)で具体的に定義されました。戦後、Cultural Propertiesの訳語として生まれたとも言われてきましたが、その概念は20世紀になったころにはできあがりつつあったようです。コンセプトがないと歴史遺産は守れないと人々は気づき始めたのでしょう。
個人的には、戦争との関わりが大きかったと思います。武器が破壊力を増し、歴史的建造物や記念物、美術工芸品などを面的に守る必要が出てきた。文化財という言葉には、国際社会が歴史的な産物を包括して守ろうとした知恵が集約されているのです。
――なぜ古いものをわざわざ残す必要があるのでしょうか。
物質的にはすでに朽ちかけているもの、食品でいえば賞味期限が迫っていると言いますか、それをあえて残す。それは私たちのアイデンティティーと歴史を物語る証人だからです。
大事なものを残そうという人々の総意は理屈抜きに、自然にわいてくるもの。その象徴は国宝でしょう。ただ、日常的すぎて見えないものがある。それが国や自治体の指定を受けていない、膨大な未指定文化財です。
でもいざ災害が起こると、それまで気づかなかったものへの喪失感、不安感が生まれる。当たり前にある水と同じ。私は未指定も含めて文化財を「心のインフラ」と呼んでいます。
京都の暫定登録制度
――近年、東日本大震災や能登半島地震など自然災害が増えています。
まさに災害頻発時代。たとえば2020年、熊本・球磨川が氾濫(はんらん)し、多くの仏像が流された。元に戻そうとしてもお堂が壊れて戻せない。修理しようにもかなりのお金がかかる。これが未指定文化財の現状です。
過疎化や少子化のなか、心の…