3分で読むショートストーリー 第1話
【連載】ウクライナ 10の物語
ウクライナがロシアによる侵略の影に覆われて、3年半が過ぎた。あまりに多くの命が絶え、それでもなお、街には生が息づく。西部リビウを訪ね、人びとの声に耳をすませる。希望も失望も、ありのままを伝えたい。
ウクライナで取材をするたびに思っていた。戦時下の国では、誰もが語られるべきストーリーを持っている。
ポーランド南部クラクフからバスに乗り、7時間。行き先には西部の中心都市リビウを選んだ。ウクライナ入りは7回目だが、リビウを訪れるのは2回目。ちょうど2年ぶりになる。
ロシアの全面侵攻が始まって3年半ほど。兵士や市民が日々、命を奪われている。最近では、ウクライナ領に計500以上のドローン(無人機)やミサイルが飛来する夜もある。
だが、日本の都市でも見られるような光景も、もちろん残っている。
6月末から10日間ほど滞在したホテルのそばには、地面から水の噴き出る広場がある。日中の気温は30度近く。夏休み中の子どもたちがキャッキャとはしゃぎ、保護者が見守っていた。
マクドナルドもケンタッキーも、インスタ映えしそうなキャンディーショップも喫茶店も、営業を続けている。露店が並ぶ市場では、アクセサリーや民族衣装、宗教画や骨董(こっとう)品が売られている。
ただ、欧州の他の都市と異なる点も多い。
毎朝9時に、1分間の黙禱(もくとう)の時間がある。食事をしていても立ち上がり、歩いていれば立ち止まる。そして、戦争で亡くなった人びとを追悼する。
アジア人と街ですれ違うことはほぼない。日本の外務省も、ウクライナ全土の危険度を「レベル4(退避勧告)」に指定している。公園で子どもと時間を過ごすのは女性が圧倒的に多い。18歳以上の男性の多くが戦地に赴いているからだ。
露店に並ぶ商品はウクライナの国旗や国章をモチーフにしたものが多く、客たちの「愛国心」に訴えかける。ロシアのプーチン大統領の顔が描かれたトイレットペーパーも、2年前と同様にあった。
空襲警報が市民の「日常」を断絶させる様子も変わらない。首都キーウに比べれば少ないが、私のリビウ滞在中にも5回鳴った。1度は週末の夕方に発令され、窓から広場を見ると、子どもの手を引き、駆け足で帰路につく市民がいた。
射撃場の代表を務めるビタリ・クルバ(35)は最近、10歳の娘に尋ねた。「大きくなったら何になる? お医者さん? 先生?」。娘は「違うよ、パパ。ウクライナ軍に入るよ」と答えたという。
「彼女の夢を止めようとは思わないけれど、父親としてはやっぱり心配になる」
勤務先の射撃場は、10歳以上であれば銃を手に取ることができる。娘を連れてきた際は「クール」(かっこいい)と言っていた。ぎょっとしそうになるが、生き残るすべでもある。
宿泊していたホテルの近くには、ラーメン店「レッドモンキー」(赤い猿)がある。滞在中に3回訪ねた。ホールに4人いる店員は毎回、やはり全員が女性だった。
みそラーメンとツナマヨのおにぎり、缶のコーラを注文し、会計は400フリブニャ(約1400円)。駐在先のロンドンなら3倍はする。ありがたく、すする。音を立て、ズルズル。
「ありがとう、さようなら、よい一日を」
ジャクユ、ドポバチェンニャ、ハルノホドニャ。ウクライナ語で言える数少ないうちの3語を口にして、店を出る。広場のいすに腰掛けて、考える。
多くの市民が3年以上、戦争を生き延びてきた。語られるべきストーリーを持っていない市民は、いないのではないか。そんな思いで市民の声に耳を傾けた。ウクライナの「いま」を、ありのまま届けたい。
戦争は続いていく。そして、市民の人生も続いていく。(敬称略)