《30歳のある日、トイレにこもった。ハサミを握り、自分の股間に突き立てる。生き延びるために》

 モロッコの病院でした。砂漠の先のね。あたしは高熱で、汗びっしょり。あそこが膿(う)んでるの。便座にまたがって、股の下に鏡を置いて。ハサミを刺して、膿(うみ)をかき出しました。

 《1970年代初頭、当時珍しかった性別適合手術で性器を取ったら、死にかけた》

 医者がメスを握ったとこまでは覚えてるんだけど。麻酔が強くて、目覚めたら3日後よ。

 最初に鏡で見たわよ。股の間を。「ああ、忌まわしいものがなくなってる」って思った。

 大変だったのはそれから。どんどん熱が上がってきて、何を食べても下痢するの。医者には「Çava(サバ),Çava(サバ)(大丈夫、大丈夫)」って言われるんだけど、分かるんです。自分の体だから。何かおかしいって。

 病院から出られない日が続いたわ。死んだら中庭に埋められるのかなって怖くて。

 もう一度「オペ」をすることにしました。自分で。看護師に頼んで消毒薬とハサミを手に入れて、トイレで。モロッコは、あたしの戦場だった。

 病院には英語、フランス語、イタリア語が飛び交ってた。いろんな国から手術を受けに来てるの。知りたいのは皆同じことよ。手術して、本当に女の人の形になったのか。見たことないから分かんないのよ。

 どうしたかって? 病室に見舞いに来た女の子に見せてもらったの。イタリア人の妹でね、陽気な娘だった。皆でのぞかせてもらったわ。

 あ、手術までしたけど、別に女の体がほしかったわけじゃないの。あたしの話、長いわよ。

俳優のカルーセル麻紀さんが半生を振り返る「人生はメリーゴーランド」。全5回の初回です。(2025年5~6月に「語る 人生の贈りもの」として掲載した記事を再構成して配信します)

 昭和17(1942)年、北海道の釧路で生まれました。太平洋戦争が始まったばかり。本名の「徹男」は、おやじがつけました。アメリカを徹底的にやっつける意味で。すぐ下の弟も、勝つ男と書いて勝男。その下の弟は節男。物のない時代ですから。

 長屋に、産めよ増やせよの9…

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