生きのびるための生活保護

 「公的な制度なのに、おびえながら利用しなければならないのでしょうか」

 2年前の取材で大阪府岸和田市の50代男性が語った言葉だ。今も私の耳から離れない。

 「公的な制度」とは生活保護制度のことだ。

 男性はかつて、職を失って食べ物にも事欠くようになり、生活保護を申請した。しかし、自治体窓口で「働く能力を活用していない」などと却下され、2009年、その取り消しを求めて裁判に訴えた。

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「身バレ」恐れる取材先

 裁判は原告名が匿名化されて報道されたが、男性は実名をさらされる「身バレ」の不安におびえ、ネット上の誹謗(ひぼう)中傷に傷ついた。12年に起きた「生活保護バッシング」には、「まるで自分が責められているよう」に感じて苦しんだ。

 裁判では、男性の暮らしぶりや当時の経済環境について「状況を考慮すべきだ」と判断され、勝訴した。だが今も妻と2人、保護世帯であることがわからないように周りに神経を使いながら暮らしている。

 なぜ、こんな思いをしなければならないのか。

 私事ながら約20年前、妻の病気をきっかけに貯金を使い果たし、借金を背負った。安定した職と収入があったとはいえ、借金返済と家計のやりくりで頭がいっぱいになった。

炊き出しに並ぶ生活保護利用者

 しだいに貧困という問題が切実に感じられるようになり、取材にのめり込んだ。

野宿者らに対する生活保護の運用が改善されるきっかけになった「年越し派遣村」。現地に集まった元派遣労働者ら=2009年1月4日午後、東京都千代田区の日比谷公園、遠藤真梨撮影

 この約20年間、生活保護をめぐる状況は大きく変わった。

 取材を始めた当時、公園や河川敷には野宿生活者のテントが並んでいた。08年のリーマン・ショックをへて、住所不定の人を生活保護制度から排除する自治体窓口の違法な運用が改善され、野宿生活者が激減して街中の風景は変わった。

 支援団体の炊き出し現場では、保護基準引き下げと物価高騰のあおりで生活保護利用者が列に並ぶようになった。

 一方で、当時も今も変わらないのが、生活保護利用者が「おびえながら」生きなければならない現状だ。

 取材現場では匿名での報道を何度も念押しされる。後ろ姿の写真でも難色を示され、レコーダーを止めるよう言われることも珍しくない。「身バレ」の恐怖心が以前より増しているように感じる。

 何に対しておびえているのか。

 かつて生活保護について書くと、多くの非難の声が手紙や電話で会社に寄せられた。コピーやメモが多いときはレジ袋いっぱいになったこともある。

なぜ、「生活保護だけは受けたくない」の声

 「甘えるな」「楽をしている」「もらいすぎだ」――今ではそんな声はSNSや大手ポータルサイトのコメント欄にあふれている。

 利用者はそんな空気に敏感だ。例えば、医療機関を受診するとき。窓口で保護世帯限定の「医療券」を提示する際、周囲に知り合いがいないのを確認するという人は多い。かつて生活保護を利用した70代女性は「周りの目が怖くて、病院から足が遠のいた」と振り返る。

 その結果、何が起きているか。

 厚生労働省の推計(19年)によれば、生活保護基準以下の所得しかない貧困世帯のうち、実際に生活保護を利用している割合は2割程度とみられ、制度活用が進んでいない状況が続いている。

 要因の一つが、制度につきまとうスティグマ(偏見や差別)の問題だ。どんなに暮らしが行き詰まっても、「生活保護だけは受けたくない」と思う人が多いのだ。

 今の生活保護制度には、自動車の保有が極端に制限されていたり、冬季加算はあるのに猛暑に備えた夏季加算がなかったり、いくつも問題点があると感じる。しかし、最大の問題は、そもそも制度の入り口にたどりつきにくいことではないだろうか。

 その責任は利用者でなく、私たち社会の側にある。おびえないで利用できるために何ができるか、利用者らとともに考えてみた。

     ◇

 はじめに60代の女性に話を聞きました。安定した会社員を送っていましたが、コロナ禍で生活に行き詰まります。

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