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早稲田実―大社 延長十一回裏大社無死満塁、サヨナラ安打を放ち喜ぶ馬庭=白井伸洋撮影
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第106回全国高校野球選手権大会3回戦

早稲田実(西東京)

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大社(島根)

 涙でにじむナイターの明かりは、自分を照らしてくれているようだった。

 「甲子園って最高」

 両手を広げ、観客席へ思いをはせた。93年ぶりの8強進出を決めるサヨナラ打を放った馬庭優太(19)は「応援への感謝があふれた瞬間だった」と振り返る。

 阪神甲子園球場の誕生から100周年を迎えた2024年夏。32年ぶりに出場した大社(島根)は快進撃を見せた。

 1回戦で春の選抜大会準優勝の報徳学園(兵庫)を3―1で破ると、創成館(長崎)との2回戦を延長10回タイブレークの末、5―4で制した。

 8強入りをかけて臨んだ3回戦は、ともに第1回大会から出場を続ける早稲田実(西東京)が相手だった。

 延長十一回裏、無死満塁。ここまで一人で投げてきたエース左腕の馬庭に打席が回ると、球場が手拍子に包まれた。

 「自分が決めるしかない」。打球は投手の足元を抜け、中前へ転がっていった。

 今思えば「観客に誘導されているみたいだった」と馬庭は言う。普段と違う空気を感じたのは、あるアクシデントが起きたときだったという。

 同点の七回の守りで、先頭打者の中前安打を中堅手の藤原佑が後逸した。打者走者が一気に本塁までかえり、勝ち越された。

 内心、「もともと勝てるような相手ではない」と思っていたから、普段起きないようなミスにも動揺はなかった。

 ただ、直後の球場の変化には、心を揺さぶられた。後続を抑えてベンチに戻るとき、あらゆる方向から「声」が自分たちに飛んできた。

 内容は聞き取れなかったが、「『ここからだぞ、頑張れ』と言ってもらっているようだった」。

 再び、気持ちが奮い立った。

 九回にスクイズで追いつき、なお1死二、三塁のサヨナラ機で、早稲田実は左翼手が投手の真横を守る「内野5人シフト」を敷いた。これで抑えられたときは、「球場の空気まで振りだしに戻った」。優勝経験校のすごみが、「旋風」の印象をより強いものにしたのは間違いない。

 準々決勝で神村学園(鹿児島)に敗れた後、バスで出雲市に戻った。学校は街の人たちであふれていた。

 コンビニに行っても、横断歩道で信号待ちをしていても、「馬庭くんですか?」と声をかけられた。

 小学校のときにプレーした地元のチームを訪れたときは、子どもたちに「甲子園の土が見たい」とねだられた。

 馬庭は敗戦直後に肩ひじのクールダウンと取材に追われ、土を持ち帰れなかった。伝えると、その子から、こんな返事がかえってきた。

 「じゃあ僕が甲子園に行きます! 土を持って帰って分けてあげます!」

 温かい気持ちがこみ上げた。「大社高校の野球部がやったことが、誰かを勇気づけられたのかなとうれしかった」

 卒業後は東洋大に進んだ。今春のリーグ戦では1年生ながらリリーフ登板を重ねた。話題をさらった昨夏、プロ志望届を出す考えは生まれなかったという。

 「チームや球場の応援で勝たせてもらった3試合でした。自分の能力で勝てたわけではない」と思うから。

 馬庭は甲子園で、「魔物」に出会ったのか。もしそうなら、それの正体とは――。

 「僕は応援だと思います。球場全体でうれしさだったり、ピリピリだったり、本当に一つの空気ができあがるんです。それで、ああいう(サヨナラ打の)場面を作ってもらった気持ちだった」

 そんな大観衆のなかで投げ抜いたことは、「夢の中にいるようだった」とも「それだけやれると自信になった」とも。

 今、おぼろげだった「プロ野球選手」の夢は、少しずつ鮮明になっている。大学のうちに球速150キロ到達を目標にし、その先のプロ入りをめざしている。

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