試合終了後、スタンドへのあいさつを終え引きあげる八戸学院光星の選手たち=阪神甲子園球場、金居達朗撮影

第98回全国高校野球選手権大会2回戦

八戸学院光星(青森)

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東邦(愛知)

 リードは4点で、勝利まであとアウト三つという状況は「安全圏」のように感じた。しかし九回裏、東邦(愛知)の先頭打者に安打を許した直後、甲子園の雰囲気が変わった。

 「地響きのような音がしたんです。『ドォン』って。すごい音でした」

 そう語るのは、2016年の第98回全国高校野球選手権大会で八戸学院光星(青森)の主将だった奥村幸太だ。

 奥村には捕手として心がけていることがある。球審と積極的にコミュニケーションを取ることだ。審判も人の子。公平な存在でも、「味方」につけられると信じている。

 「すごい雰囲気ですね」。このときも球審にそう言うと、「俺もこんなの見たことないよ」と応じてくれた。まだ、そんな余裕があった。

 スタンドでは東邦のブラスバンドに合わせて手拍子が鳴り響く。

 1死二塁となって適時打を浴びた。3点差。相手のエースで4番藤嶋健人(現プロ野球中日)を迎え、奥村はタイムを取った。みんな落ち着いているように見えた。

 最も警戒していた藤嶋を中飛に打ち取った。3点差で2死一塁、あと1人。

 続く右打者の打球方向のデータは頭に入っていた。高い確率で「ひっぱり」。内野陣を左方向に寄せた。が、その逆をつくように、打球は一、二塁間を抜けた。

 「あのヒットからみんな、人が変わった」。制球が良いはずのエース桜井一樹の球が、構えたところに来ない。続く打者に適時打を打たれた。

 2点差となり、なお2死一、二塁。タイムを取ろうとしたが、球審に止められた。「もうダメだよ。早く座って」。マウンドに行くタイムの回数を使い切っていた。

 観客の熱気は最高潮に達していた。味方のアルプス席以外、どこを見渡しても東邦を後押しするタオルが回っている。八戸学院光星は青森県外の出身者が多い。大阪出身の奥村もその一人。青森大会で「アウェー」のような雰囲気を感じたことはある。「慣れていた」つもりだったが、このときは次元が違った。

 「観客を巻き込む東邦の応援が『魔物』だったのかもしれない」

 桜井の投球テンポが上がる。早く試合を終わらせたかったのかもしれない。自らも淡々とサインを出し、リズムが単調になった。そして、「球が全部、真ん中に集まった」。2点適時二塁打で同点、さらに左前安打。あっという間の4連打で、逆転サヨナラ負けとなった。

 帰りのバスも、宿舎での夕食も、ほとんどだれもしゃべらなかった。

 試合の映像を見られるようになったのは最近になってからだという。4月に27歳になった奥村は「今も見ると心臓がバクバクするんですよね」と打ち明ける。

 高校卒業後、神奈川大に進み、社会人野球のTDKでプレーを続ける。8月28日から始まる都市対抗野球に3年ぶりの出場を決めた。代表決定戦は10―1で大勝したが、「余裕だとは思いませんでした」。もう、どんな点差でも油断することはない。

 あの試合以来、甲子園には行っていない。「また何らかの形であのグラウンドに立って、当時の思いを上書きしたい」。ひそかな夢を持ちつつ、今年も最高峰の舞台に臨む。

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