「なんで俺が、アイツに頼まれて離婚しなきゃならないんだ」
長野県内の裁判所に、夫(82)の怒声が響いた。妻(81)が夫の暴力を理由に起こした離婚訴訟。夫婦になって60年がたとうとしていた5年前、離婚が成立した。
「老い先も短いのに。離婚するには遅すぎた」
元妻は、そう悔やむ。
日本が高度経済成長に沸いていた1960年代に、会社員の元夫と結婚した。出世の陰でストレスもあったか、管理職になった40歳ごろから酒量が増え、暴力を振るうようになった。
「俺は戦前の生まれ。気性が荒いのは仕方ない」。悪びれずに言う元夫をどこかで受け入れ、子どもをかばって暴力に耐えた。
2度の「事件」が離婚の引き金に
60歳で元夫が定年退職し、年金暮らしになって10年ほどたった頃、「事件」が起きた。
「監視されてる」「悪口が聞こえた」。異常な言動が目立つようになった元夫が勝手に隣家に入り、住居侵入容疑で逮捕された。警察の取り調べでアルコール依存症による心神喪失が疑われ、起訴は猶予された。入院して治療を受けると、元夫は別人のように穏やかになって帰ってきた。
「お互い高齢なので、何かあった時に困らないようにしたい」。元夫はそう言って、自分の親から相続した現金の一部にあたる約1500万円を、元妻の銀行口座に振り込んだ。
だが、しばらくするとまた酒を飲み出し、気性の荒い元の姿に戻っていった。そして80歳を前に、また「事件」が起きた。
長年連れ添った高齢夫婦がなぜ離婚の決意に至るのか。専門家が背景を解説します。シリーズ【熟年離婚のリアル】、次回は6月7日夕配信予定です。離婚後の年金分割について考えます
「あの金を返せ」。元夫が…