約900万人が住む、世界有数の大都市メキシコ市。独立記念塔がある中心部レフォルマ地区には、在外公館や外資系企業が入る高層ビルが立ち並ぶ。
その近くの環状交差点には、異様な光景が広がる。交差点の中心を囲むようにして立つ高さ3メートル弱の円形の壁に老若男女様々な顔写真が貼られている。全部で200枚ほどだろうか。
「シンシア・ガルシア 2021年8月14日 ヌエボレオン州」
「フェリペ・ロサス 2014年9月26日 ゲレロ州」
写真にはその人の氏名とともに、こう書かれている。
“Desaparecido”(行方不明)
日付や自治体名は、行方不明になった時の情報だ。国内の行方不明者数は約10万人で、ほとんどが麻薬組織に誘拐されたとみられている。メキシコの首都の一角に貼られた写真は、不明者のごく一部でしかない。
地元警察、何度問い合わせても「捜査中」
「今も時々、兄の優しい笑顔を思い出す。でも、すでに死んでいる可能性もあるのだと悲しくなる。その繰り返しです」
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メキシコ市に住むホルヘ・ベラステギさん(33)は、そう語る。
兄アントニオさんとその息子のアントニオ・ジュニアさんが北部コアウイラ州で行方不明になったのは、09年1月24日のことだ。土曜の夜8時ごろ、10キロ離れた場所に親子で食事に出かけたまま、帰宅することはなかった。
家業の食料品店や牧場を管理していたアントニオさんは12人兄弟の長男で、末っ子のホルヘさんとは30歳以上、年が離れていた。面倒見がよく、野球を愛した一家の大黒柱だった。
ホルヘさんらは捜索願を地元警察に出した。だが何年経っても、音沙汰がない。問い合わせても「捜査中」の一点張りだった。
「行方不明者の数は膨大で、事件を担当する当局の人数が足りていなかったこともあるだろう。だがそもそも、捜査をしているのかすらも、怪しかった」。ホルヘさんはこう振り返る。
10万人もの行方不明者を抱えるメキシコは、なぜこれほどまでに治安が悪化したのか。記事後半では、メキシコがたどってきた経緯や、各地で見つかる集団墓地について記しています。
ホルヘさんらは、自ら「捜査」を始めた。親子が行方不明になった当日の足跡をたどり、聞き込みをした。
ある日、匿名の人物から情報…