#2 【理念】は消えるのか
人口約4千人の村に、不釣り合いなほど多い監視カメラ。番犬が記者に向かってほえた。住民の女性(50)は「家や家族への危害が怖いので」と言った。
理由は、移民だ。
ハンガリー南部のアシュトホロム。ある家のカメラ映像を見せてもらった。未明、犬の鳴き声が響くなか、50人を超える若者らが家の前を小走りに駆け抜けていく。国境を接する隣国のセルビア経由で不法に入国した人々だという。
【連載】移民・難民と世界 ー危機とジレンマの欧州ー
寛容か排斥か――。10年前の「難民危機」は、人権を重んじる欧州の価値観と、あるべき姿を激しく揺さぶった。統合、右翼、理念、トラウマ、ジレンマ、そして幻想。キーワードをもとに、欧州のいまを追う。
この村に世界の注目が集まったのは2015年。中東シリアなどからバルカン半島を北上し、膨大な数の人々が欧州連合(EU)域内に押し寄せた難民危機だった。
ここで、ハンガリーは強硬手段に出た。治安当局が国境を越えようとする人たちに放水し、追い払った。そして、高さ4メートルのフェンスを175キロにわたって築き、国境を閉じた。
昨年11月、欧州首脳が集う国際会議。オルバン首相は胸を張った。「フェンスを設けることは当時、『重大犯罪』と非難された。でもどうだ。唯一国境を守り、解決策を提示できたのがハンガリーだ」
だが、現実は違う。
アシュトホロムの住民には…