「前例がない」
愼蒼健(シンチャンゴン)さん(59)と家族は何度もこの言葉を聞かされてきた。
長男の允翼(ユニ)さん(27)は1歳5カ月の時、難病の「脊髄(せきずい)性筋萎縮症(SMA)」と診断された。全身の筋力が低下し、手足などが動かなくなる。
両親は「どんな差別を受けても、健常者の社会に入れよう」と早い時期から決めていた。それは允翼さんのためだけではなかった。
足が自由に動かせない允翼さんは、2歳になる前から子ども用のバギーに乗って移動していた。どこに行くにも蒼健さんや母親の張香理(チャンヒャンリ)さん(52)が後ろからバギーを押した。夜には寝返りを打てない允翼さんのために、数時間おきに体の位置を調整した。
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両親の自由な時間はほとんどなくなった。
駆け出しの科学史の研究者だった蒼健さん。研究や今後のキャリアの準備のために、時間はいくらあっても足りなかった。「『いつまでバギーを押し続けないといけないんだろう』と考え込んでしまった。僕にはできないし、やりたくない。允翼の幸せのために、家族が幸せにならないと」
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