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初の全国制覇を達成した第71回大会の閉会式で握手を交わす帝京の監督、前田三夫(左)と仙台育英の監督、竹田利秋。前田は「甲子園で一番印象に残る試合。3回目の決勝で優勝できなかったら、もう優勝はないと思っていた」と振り返る=1989年8月、阪神甲子園球場
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 自信をつけ始めた3回目の甲子園で池田(徳島)に大敗し、壁にぶつかった帝京高校監督の前田三夫は、教壇に答えを求めた。教頭に「教壇に上らせてくれ」と頼んだ。「体を鍛えても仕方がない。頭を鍛えないと」と思ったからだ。

 教員免許は、もともと通信課程で5年かけて取得していた。学校に残るための形だけのつもりが、実際に教えることになるとは。

 ただ、想像以上に大変だった。1時間の授業を教えるのに、4時間勉強した。行き帰りも、ノックを打ちながらも、頭の中は授業でいっぱい。それでも、授業で間違えたり、生徒に笑われたりする。「野球にはない緊張感だった。だからよかったんじゃないかな」

 前田は教室で鍛えられた。「笑いを求めているところは笑わせて、真剣さを求めているところは説明する。授業に流れがあるように、野球にも要所要所でタイミングがある。それを逃したらチームは死ぬ」

 強豪校となった野球部の監督…

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