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 ◇第78回全国選手権(1996年)決勝

 松山商(愛媛)30000000003 6

 熊本工(熊本)01000001100 3

         (延長11回)

 28年経っても、残像は残っていた。身ぶり手ぶりを交え、沢村幸明は説明する。「初球のまっすぐがここに来た。ベルト付近の高さ。ちょっとシュート回転しながら」

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第78回全国選手権決勝 松山商-熊本工 9回裏熊本工2死、沢村は左越えに同点となる本塁打を放つ。投手新田、捕手石丸

 第78回全国選手権大会(1996年)で熊本工は悲願へ王手をかけていた。川上哲治(元巨人)がエースだった第23回大会以来、59年ぶりの決勝進出。熊本勢としても初となる深紅の優勝旗が手に届くところまで迫っていた。

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 決勝の相手の松山商(愛媛)はこの夏が5度目の全国制覇を狙う強豪だ。

 一回に2者連続の押し出し四球もあり3点を失った。打線も相手の2年生右腕を攻略できず、1点差で九回へ。2者連続三振であと1人と追い詰められたところで、沢村が右打席に入った。

 1年生の6番打者は腹をくくった。「直球が来たら思いっきり振る。それだけ」。結果は求めなかった。安打を打ちたい、出塁したい、という思いもなかったという。

 一心不乱に振り抜くと、芯でとらえた感触が手に残る。全力で走りながら横目で打球を見た。「ライナーが伸びていった。もしかしたら」。そのまま左翼ポール際へ。起死回生の同点本塁打となった。

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第78回全国選手権決勝、九回2死から同点ソロを放った熊本工の沢村(右)とベンチ前で喜ぶ星子

 流れを引き戻した。延長に入り、十回1死満塁から右飛でタッチアップを狙った三塁走者が走り出した。ベンチから見ていた沢村は確信した。「サヨナラ勝ちだ。終わった」。グラウンドへ飛び出そうとしたその時だった。球審の右手が上がった。間一髪でアウトに。のちに、「奇跡のバックホーム」と語り継がれるプレーに阻まれた。

 その直後だ。落ち込んだまま…

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