新聞配達とコンビニバイトの掛け持ちで生計を立てながら、罪を犯した人たちに「伴走」する。時に真っ正面からぶつかる。漫画「前科者(もの)」は、そんな保護司・阿川佳代の奮闘と葛藤を描いた作品だ。
大津市で今年5月、保護司が自宅での面接中に殺害された。容疑者として逮捕・起訴されたのは、保護観察の対象者だった。保護司の安全を確保する動きが進むが、原作者の香川まさひとさん(64)には、大切にし続けて欲しいものがあるという。
無報酬だからこそ
――犯罪がテーマの作品の主人公といえば、刑事や弁護士などが定番です。保護司を主人公にしたのは、なぜでしょうか。
刑事、検事、弁護士、裁判官、いずれも報酬をもらって罪を犯した人と向き合っている。でも、保護司は無報酬。そういう立場の方が、加害者たちの側に立てるのではないか。作品の発想はそこからです。
作品を描く前、何人かの保護司を取材しました。報酬がもらえる「仕事」としてではなく、相手と接していた。無報酬だから、対等な立場で、本気でぶつかれる。「私だってお金はもらっていないよ」と言える。だらしない面も見せられる。私もちっぽけだよって見せてもいいんです。それが保護司の良さだと思うんです。
大津の事件後にインターネット上では「保護司が無報酬なんて信じられない」という反応がたくさんあった。いや、そうじゃない。無報酬だからこそ良いのです。
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家の中が見えなくなった時代だから
――主人公の阿川佳代は30歳前後の女性という設定。仮釈放など保護観察となった対象者と初めて面接するときは、必ず自宅で牛丼をつくって迎えています。
保護観察の対象者を自宅に上げるって取材で聞いて、最初は驚きました。危ない目に遭う不安はないか。世間の目もある。でも、ある保護司から言われたんです。「『そこまで自分を受け入れてくれるんだ』って思ってもらえるなら、意味があるんじゃないの」って。
取材で出会った人の中には、牛丼で迎える保護司も、カレーを作って待つ保護司もいた。
「これ、親戚からもらった温泉まんじゅうなんだよ」って言える、そんな関係が大事なんだと思いましたけどね。
他人の家の中が見えなくなってきている時代だからこそ、家で会うことが重要だと思う。家に入ればいろいろな情報が見えて、相手を知ることができる。それが大事なんじゃないですか。この人(保護司)は、こんな応接間の家に住んでいるんだな、けっこう散らかっているな、このポスターの映画が好きなんだな、こんな茶わんを使っているんだなって。
刑事や裁判官の生活ぶりって知らないでしょ。自分のことは全部秘密にしているのに「仕事さがせよ」というのは、ちょっとずるい気もする。そういう人間的な部分を見せてもいいよという人が、保護司をやっているのが良い。きれいごとばかりだと信用してもらえないけど、自分も見せたうえで一緒にきれいごとを言っていこうと。そういうことが大事だと思っている主人公の視点で描きたかった。
――銭湯から戻ってきた対象者を自宅で「おかえりなさい」と迎える場面もありました。
対象者の中には、これまでの人生で「おかえりなさい」って言ってもらえなかった人もいる。例えば、子どもの頃に虐待を受けていたら。一番安心できるはずの自宅がそんな環境だったら、きつかったと思うんです。
帰ってきたら「おかえりなさい」って言ってもらえる。きっと、その程度のことなんですよね、大事なことって。
いつか、魚屋さんとお客さんの関係に
――大津市の事件後、保護司の安全対策が模索されています。法務省は、自宅以外で面接ができる場所を確保するため、全国の自治体に、公的施設を面接場所として利用できるよう協力を求める通知を出しました。
確かに、面接場所が自宅とい…