主人公は若い女性、杏(あん)。幼い頃から母親の虐待を受け、売春を強要され、薬物に依存した。しかし、ある刑事に誘われ薬物更生者の自助グループに参加したことを機に、やがて新しい人生を歩む決心をする。介護施設で働きながら夜間中学に通い始めるが、コロナによる緊急事態宣言で再び孤独に陥り、薬物に手を染め追い詰められていく――。
昨年公開された映画「あんのこと」は、そうして杏が自死するまでを描く。監督・脚本の入江悠さんは、コロナが断ち切った人と場所のつながりをどのように見ていたのか。現在もこの社会に残っている「傷痕」をどう見るか。
映画「あんのこと」 監督・脚本 入江悠さん
――杏は、新聞記事に登場する女性がモデルです。映画にした経緯を教えてください。
2022年のはじめ、プロデューサーに新聞記事などを渡されて、もっと詳しく調べてみないかと誘われたんです。
その後、記事を書いた記者に会いに行ったり、中国・武漢でウイルスが発生してからのことを時系列順に表にして、社会がどうやって緊急事態宣言に向かったかをたどったり。夜間中学に取材に行って一斉休校のときについて尋ね、覚醒剤依存のおそろしさについて当事者グループに聞きました。
少しずつ、杏が身近にいる存在に思えました。実際、杏はよく都内の街を歩いていたそうです。道ばたや喫茶店で僕とすれ違っていたかもしれない。
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――杏について調べていくうち、映画にしたいと思い至ったのはどうしてですか。
20年に僕の友人が2人亡く…