- 【第3回】祖母の遺体、母は他人のふりをして
貧しさから中学校に通えず、学校での学びが途絶えてしまった高春子(コチュンジャ)さん。大阪に戻り、還暦を過ぎてから通い始めた夜間中学の作文で、ずっと口にせずにいた島での記憶をつづりました。
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済州島にいた時、私と同じ大阪生まれの夫の慎洙範(シンスボム)と見合い結婚をしました。
夫は大阪の朝鮮学校で学び、在日同胞の北朝鮮への「帰国事業」が1959年に始まると、祖国の大学に行きたいと、新潟からの帰国船に乗ることを真剣に考えたようです。
でも、済州島にいる母親が重篤との知らせが入ったので島に来ていました。
結婚して間もなく、夫は仕事…