地震と津波による被害は、その瞬間だけにとどまらない。連載4回目は、南海トラフ巨大地震発生から翌日を想定してみた。
【発災当日~翌日】取材先で地震に遭った和歌山総局記者がシミュレーションしてみた
担当エリアの和歌山県広川町で取材していたときに地震に襲われた私は、すぐに車を捨てて「稲むらの火の館」の「津波防災教育センター」に避難した。津波の一時避難場所になっている3階に駆け上がったときには、すでに多くの住民が集まっていた。
センターには200人分の寝具が備えられ、3日分の食料と水も備蓄されている。町内には津波発生時の避難場所としてほかに、安政南海地震の際、浜口梧陵(ごりょう)が村人を導いた広八幡宮や、町が2017年に完成させた広東避難施設(通称「まもるくん」)がある。
身を寄せ合って眠れぬ夜を過ごす住民。その人たちの話を聞き、写真も撮ったが、通信状況が悪くほとんど送稿ができない。大津波警報が出たままで、外にも出られない。
そうこうしている間に、空が…