読書が、女性の命を支えてきたとも言える。好きな「海辺のカフカ」や「氷点」の文庫本=東京都内、井手さゆり撮影

 私は18歳になってすぐ、次女を産んだ。

 長女に続き、父親は実父しかあり得ないが、もう誰も何も聞かなかった。入れていた魚の形をした避妊リングが出産で出てきたので、その後、別の避妊リングを入れられた。その頃には生活保護を受けていたので、費用は全部、行政が出してくれたと思う。

 父と、知的障害のある姉と姉の子ども、自分の幼い娘2人がいる家での、子育てや家事はほぼ一人でこなした。父は、私や姉にするように、幼い子どもたちにも怒鳴り声を上げた。暴力が日常茶飯事で、長女は誰かが手を上に伸ばしただけで、殴られると思って頭を抱えて体を震わせた。

 そして、姉と私への性暴力も続いた。

前回に続き、東京都内に暮らす女性が、壮絶な体験を語ります。、18歳のときに2人目の子どもを出産した女性。その後、保護されますが、40代になる今も苦しみが続いていると言います。(3回連載の3回目です)

20歳でようやく保護された

 父の束縛は強く、夜になると、子どもと寝ている部屋に外から鍵をかけられた。夜がふけたころには、子どもの存在などお構いなしに部屋に入り、襲ってきた。家から逃げたい。そればかり考えていた。

 20歳のころ、父に殴られているところに母子相談員が訪問してきた。驚いた相談員が外に飛び出して助けを求めて警察に通報した。

 その間に、怒りをぶちまける父に何かで手や腹を切られた。傷は浅かったが、血だらけになった。それでやっと保護された。

 病院で手当てをしてもらった後に警察で事情聴取を受けた。そこで父の取調室に連れて行かれた。大声を出し、こちらに襲いかかってこようとする父を警察官が3人がかりで押さえつけたのを覚えている。父の姿を目にしただけで、怖さで体が震え出し、一言も発することができなかった。

 傷害事件として立件されることはなかった。父が使った凶器が見つからなかったためらしい。いま思うと、缶切りだったのではないかと思う。

 その後、シェルターに数日間、身を寄せ、女性保護施設に入所した。当時5歳と2歳だった娘2人は児童相談所に保護され、施設に入ったと聞いた。姉と姉の子どもも保護されたと思うが、よくわからない。

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「神も仏も信じない」と女性は言う。お気に入りの人形と読書だけが女性にとっての慰めだ=東京都内、井手さゆり撮影

■20年以上、会っていない娘…

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