Smiley face

 2015年7月9日以降、中国の人権派弁護士ら300人以上が次々と拘束されたり、取り調べを受けたりするなどした「709事件」から9日で10年となった。習近平(シーチンピン)政権下で社会の締め付けは強まり続けるが、米国に対抗する大国となった今も、国内の異論を徹底的に封じ込めるのはなぜなのか。専門家2人に聞いた。

写真・図版
大東文化大学東洋研究所兼任研究員の諏訪一幸さん=本人提供

 「弁護士くらい、と小さな問題にも思えるが、それすら許せないという流れだった」。中国政治に詳しい大東文化大学東洋研究所兼任研究員の諏訪一幸氏は、事件が起きた習政権初期の、異論に不寛容な政治状況をこう語る。

【連載】取材阻む男たち、人権派弁護士を監視 中国「法治」と「安全」の間で

中国で、人権派弁護士が一斉拘束された「709事件」から10年。市民の権利の守り手である弁護士と家族は、刑罰を超えた過酷な取り扱いを受けてきました。今も普通の暮らしを取り戻せずにいる彼らを訪ねました。

 事件で摘発された弁護士たちには、地元政府による強制立ち退きに反対する人の弁護や、共産党が「邪教」とする法輪功のメンバーらの代理人や弁護を担った経験があった。一党支配という統治形態からすれば、異論の排除は「基本ライン」であり、709事件のような摘発は「十分に考えられることだ」とする。だが、排除の線引きは政権によって異なってきたといい、「胡錦濤(フーチンタオ)・前政権に比べ、かなり徹底的に異論を排除する姿勢が象徴的に表れた」という。

海外とのつながりに神経とがらす

 厳しいスパイ取り締まりに代表されるような、「国家安全」に重きを置く現政権の姿勢が顕著になったのは、事件の前年の14年。「総体的国家安全観」の提唱や、国内治安を含む国家安全保障政策を一元的に統括する国家安全委員会の設置といった動きが続いた。

写真・図版
全人代の開幕式に臨む習近平国家主席=2025年3月5日午前9時21分、中国・北京の人民大会堂、藤原伸雄撮影

 諏訪氏は、同年4月に、習氏が新疆ウイグル自治区を視察した際、約4キロの場所で多くの死傷者が出た爆発事件も影響したと分析する。これが、少数民族や弁護士、NGOへの圧力につながったとの見方だ。

 これらに共通するのが、海外とのつながりだった。共産党は、民主化運動によって旧ソ連諸国や中東の政権が次々と倒れた「カラー革命」のような動きを「和平演変」と呼び、背後で米欧など西側の勢力が民主化を後押ししていると警戒を強めた。

 こうした動きに習政権は「恐怖感を抱いていた」と分析し、709事件で人権派弁護士らを抑え込んだとしても、「自分たちの権力基盤がより安定に近づいたという感覚はないだろう」と諏訪氏はみる。

写真・図版
「法治」は「自由」や「平等」と並んで中国が目指すべき「社会主義核心価値観」の一つに掲げられている=2025年7月1日、北京、畑宗太郎撮影

「法治」の意味

 中国の司法にかかわる問題で、しばしば注目されるのが「法治」に関する独特のとらえ方だ。

 諏訪氏は「中国にとって、法律は国民の権利ではなく共産党や国家を守るためのもの。あえて拡大解釈できるあいまいな条文ばかりの法律をつくり、それを使って統治をしている」と解説する。弁護士たちへの抑圧姿勢も、こうした中国式「法治」の考え方に沿うものといえそうだ。

 では、人権派弁護士たちをターゲットにした弾圧により、中国の人権状況はどう変化したのか。

 中国の人権問題に取り組む人たちを積極的に支援してきた東大大学院の阿古智子教授は、「萎縮効果によって、人権派弁護士とよばれる人は大幅に減った」と分析。「少なくとも表立った活動は難しくなっている」と付け加えた。ソーシャルメディアなどを通じて問題が一気に拡散しやすい社会状況も、中国の言論をめぐる引き締め姿勢を加速させているとみる。

写真・図版
阿古智子さん=2022年1月、東京都中央区、伊藤進之介撮影

 阿古氏は「高い職業倫理を保っている弁護士が大多数とはいえ、一部には、活動資金をめぐるトラブルや人間関係の摩擦が生じることもあった」と述べ、弁護士側の問題点も指摘する。それでも、司法の場で問題を訴える権利は保障されるべきだとの立場に変わりはない。

自身も中国で経験

 特に、摘発対象となった弁護士の子どもを学校に行かせないといった、正当な司法手続き以外の形で家族に圧力をかけるような当局側の手法を強く問題視。「連座制は、儒教の影響を強く受けた家族制度を利用するような卑劣なやり方だ」と批判する。

 自身が過去に研究のために中国の地方都市を訪ねた際にも地元当局に呼び出され、突然自分の子どもの話をされ、不安に感じたことがある。日本の大学で学ぶ中国の留学生たちの中国製アプリでの通信も監視され、問題があれば中国に残る親元に当局が連絡するような現状もあるという。

写真・図版
中国の裁判所に掲げられた記章=2025年7月3日、北京市昌平区、畑宗太郎撮影

 そんな現状を日本はどう理解し、どう関わるべきか。

 阿古氏は「ある問題で苦しんでいても、裁判にも訴えられず、陳情も出せず、泣き寝入りさせられている人がいる。そういう人を助けようとする弁護士も監視対象にされてしまう。隣の国がどういう国かを判断する材料として、まずはこういった現実も知っておくべきだ」と話す。その上で、「感情的に『ひどい国だ』という主張に利用するのではなく、冷静に議論し、改善を求めるべきことは日本としても伝えていく必要がある」と訴えている。

     ◇

 当初配信した記事で、「中国の人権派弁護士ら300人以上が次々と拘束された『709事件』」とありましたが、「中国の人権派弁護士ら300人以上が次々と拘束されたり取り調べを受けたりするなどした『709事件』」と修正しました。

共有