みなさんは自分について「リーダーシップのある方」かどうか考えたことがありますか?
いつも学級委員をしていたとか、部活でキャプテンだったとか、そういう経験のある人はごく一部ですね。なりたいと思ってうまく果たせるものでもなさそうです。
- 連載「上手に悩むとラクになる」
一部の人は、生まれながらのリーダーシップの持ち主であったりして、カリスマ性を持っていたりするものです。しかしながら、組織にはどうしてもまとめ役(管理職)が必要で、そうした人たちの誰もがリーダーシップを生まれつき持っているものではありません。リーダーシップは後天的な努力で身につけられるものとされています。
いったいどのようにすればリーダーシップをもった管理職になれるでしょうか。
「できる男」のはずが… 管理職になって一変
ここで、ある架空の会社員ユウトさんに登場してもらいます。
ユウトさんは40代。昔からコツコツ努力家のシステムエンジニアです。
ユウトさんは、昔から仕事が速いタイプで、いわゆる「できる男」としてがんばってきました。仕事が大好きで、自分でも向いているなあと思っています。
ユウトさんの仕事スタイルはこうです。
日中は内線や外線、同僚などからの「ちょっといい?」の横やりが非常に邪魔に感じて、集中できません。皆が帰宅してからが自分のゴールデンタイム。誰にも邪魔されずにプログラムの作業に没頭できる瞬間が一番幸せです。いつも、がーっとまとまった時間がとりたいと思っています。なので、気づくと土日のどちらかは作業タイムとして確保する癖がついてしまいました。
それでもユウトさんは、仕事が大好きなので、良いものができれば満足していました。取引先との打ち合わせや、変更点に関する交渉などは、コミュニケーション能力の高い上司が全て代わりにやってくれていたので、ユウトさんの才能はいかんなく発揮できていたのです。
こうして仕事で成果を上げてきたユウトさんは、この春から管理職に。部下を持って進捗(しんちょく)を管理する立場になりました。
就職氷河期世代のユウトさんは長らく後輩が入社しなかったため、わりと最近まで下働きを続けてきましたし、マネジメントする立場にありませんでした。
なので、遅ればせながらこの年齢で初めて部下を持つことになったのです。
しかしこのことがユウトさんの職業人生を一変させました。
これまでも作業を中断させられるのが嫌だったのに、部下からはしょっちゅう質問されました。部下と上司の間に挟まれて、調整して、両方に気を使う仕事が増え、それは達成感とはほど遠いものでした。いつまでも自分の仕事が進まなくて、「ToDoリスト」が消化できないイライラばかりが募るのです。
ユウト「自分の仕事だけしていたときに戻りたい! いっぱいいっぱいだ!」
自分の仕事までたどり着けず、やっと着手できたとしても、集中力などもう残っていない状況でした。イライラが止まらず、ついつい部下に厳しい口調になってしまいます。
タスク処理の「型」を知る シングルタスク? マルチタスク?
いかがでしたか?
ユウトさんのような事例は、あちこちの会社でよくみかけます。
ユウトさんは振り返ってみると、これまでいわゆるリーダー的な役割をとってきませんでした。いつも自分の作業にひとりで没頭し、そこで最も高いパフォーマンスを発揮できるタイプだったからです。
心理検査をしてみると、この傾向ははっきりわかりました。
私たちのタスク処理の方法は大まかに分けると、次の二つです。
・一度に多くの情報を取り込める視野の広さがあり、全体把握のうまいマルチタスク型
・一度に取り込める情報は少なく、確実にひとつずつ順にこなしていくシングルタスク型
ユウトさんは圧倒的にシングルタスク型だったのです。
最近では、どんなマルチタスクも取り組むときにはシングルタスクにしてひとつずつ取り組むのだから、シングルタスク型の方が効率がいいという主張も出てきています。しかし、ユウトさんの立場では、周り(部下)を気に留めなら、自分のタスクをこなすという注意の配分のバランスが求められるのです。これこそがマルチタスク型の把握傾向なのです。
音楽やラジオを流しながら勉強した方がはかどる人と、それが雑音にしか聞こえない人がいます。後者がシングルタスクになります。みなさんはいかがですか?
ユウトさんにとって、部下を初めて持つことは、慣れないマルチタスクにさらされっぱなしのストレスフルな状況で、脳の処理を著しく妨げていたのです。
性格傾向も知る PとMのどちらが得意?
また、ユウトさんが管理職として大きなストレスを抱えたのには、性格も影響していました。リーダーシップの適性に関する代表的な考え方に「PM理論」があります。
PM理論は、リーダーシップの二つの重要な機能であるP(Performance:目標達成機能)とM(Maintenance:集団維持機能)に注目しています。
P機能は、組織やチームの目標を達成するために必要な指示や計画を立てたり、タスク遂行を推進したりする能力を指します。サッカーチームでいけば、そのチームが試合で勝つための練習メニューを組んだり、選手たちを鼓舞したり、戦術について話し合いをもったりして、成果を重視した姿勢ということになります。
M機能は、チームの人間関係を円滑にし、メンバーのモチベーションを維持する役割を果たします。信頼関係の構築やコミュニケーションを促進します。サッカーチームでいけば、ひとりひとりの意見を吸い上げたり、部員同士が信頼し合えるように懇親会を企画したり、表情のさえないメンバーに声をかけたりすることがこれに当たります。
理想的なリーダーは、P機能とM機能の両方をバランスよく発揮し、成果も上げながらチーム内の関係をよくできる人といえます。
ユウトさんは、どちらかといえばP機能の方が高く、締め切りまでのプランを提示し、メンバーごとに役割を分担させるところまではできていました。しかし、進捗管理までは余裕がありませんでした。M機能はもともと低かったため、部下を思いやる言葉が出てこず、ついつい「どうしてまだやってないんだ」と批判するような口調が増えていたようです。
このように、ある人の情報処理の型やリーダーシップに関する性格傾向を分析すれば、管理職になったときにどこでつまずきやすいのか、どの機能を意識的に伸ばすといいのかがわかってきます。
シングルタスク型でコミュニケーションが苦手なら…
ユウトさんにカウンセラーは、このように助言しました。
カウンセラー「あなたはシングルタスク型で最も能力が発揮できるタイプです。しかし管理職になったらこれまで以上に邪魔が入り、常にあちこちを気にしていなければならない立場になりました。目の前の作業を進めながら、他を気にしていなければならない状況はつらいですよね。
そこで、こういうのはどうでしょう。あらかじめ目の前の自分の仕事を10分刻みの塊に小分けしていくのです。小分けにしていれば、急な仕事や『ちょっといいですか』が入っても『あと5分待ってね』といって、タスクのキリのいいところまで終えることができます。
『あと1時間待ってね』とはいえなくても『5分だけ待ってくれる?』であればいいやすいですよね。そうして、中断されるストレスを軽減するのです。
また、部下のタスクを把握しておくという、ふわっとしていてToDoリストに書かれることのないような無形の仕事をすべて『見える化』してしまうというのも手です。『この日の、この時間に、この部下に、このタスクの進捗を聞こう』とスケジュールしてしまうのです。
こうすることで、その指定した日時まで、いったん部下のことを忘れることができます。こうして負担を減らすことで、思いやる言葉(M機能)をかける余裕も生まれるはずですね」
これらは全てユウトさんの情報処理の仕方に応じた助言でした。
ユウトさんは半信半疑で試してみました。するとずいぶん負担が減ったそうです。
ユウト「タスクの分解は正直嫌だったけど、最初から小分けして構えていると、やられた感(被害感)はだいぶ減りますね。それでも嫌は嫌ですけどね。あと、部下に対してあれもしなくちゃ、これもしなくちゃと気にかけながら頭の中だけでやっていたときより、何をいつしようと明確に計画を立ててしまえば、管理業務もなんとかやれるものですね。最近は前よりイライラしなくて優しくなったと言われます」
ユウトさん、いいかんじです!
好きでなったわけでない管理的役割も、自分に合う形に切り分けてこなしていきたいものですね。
〈臨床心理士・中島美鈴〉
1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。
◇
このコラムでご紹介した管理職への適性についてもっとお知りになりたい方向けに、無料のウェビナー動画を公開しています。筆者のX(https://x.com/rin_rinnak)で随時告知しますので、そちらをご覧ください。