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肥後西村駅には、これより先に列車が進めないよう車止めが置かれている。永江友二さんは2026年度上期中の全線復旧をめざし奮闘している=熊本県錦町、外山俊樹撮影
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くま川鉄道社長・永江友二さん

 午前8時前、くま川鉄道(本社・熊本県人吉市)の肥後西村(ひごにしのむら)駅は濃い霧に包まれていた。ディーゼルエンジンの音が近づいたかと思うと、列車のヘッドライトが二つ、ぼんやりと浮かび上がった。

 線路はさらに続くが、ホームの端より少し行ったレール上に車止めが置かれ、終着駅でもないのにこの駅より先に列車は進めない。到着した3両編成の車両からは高校生らが続々と降りてくる。この無人駅で計9台の大型バスに乗り換え、沿線にあるそれぞれの高校などへと向かうのだ。

 2020年7月の豪雨災害でくま川鉄道は車両も駅も本社屋も浸水、球磨川第四橋梁(きょうりょう)は流失した。翌年11月に部分運行で営業再開にこぎ着けたが、いまも肥後西村―人吉温泉間は代替バスによる運行が続く。「まさかこんなに長く社長を続けるとは思わなかった。ましてこんな災害に見舞われるとは予想だにしなかった」。高校生たちを見守りながら、そう口にする。

 自身の高校時代を振り返れば、「将来の夢」は美容師になることだった。東京の美容専門学校に進み、青山の有名店で10年ほど修業した。30歳を前に親の都合で帰郷し、最初は熊本市内で店を構えたが、1年余りで閉店に追い込まれる。01年、地元の人吉で倒産寸前だった友人の美容室を引き継ぎ、今度は軌道に乗せた。それからずっと美容師として歩んできた。

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