「会社のデスクはきれいだけど、実は家は散らかっていて、お風呂が汚くてもうお湯がはれないんです」

 「仕事のある日はなんとか遅刻せず早起きできるけど、休日はまるでだめ。一日中布団の上でスマホを触って終わります」

 「おしゃれな食器を買ってきても、自分のためにわざわざ使うのは……。片付けも面倒なので、ケーキを買ってきても箱のまま割り箸で食べています。ちっとも優雅じゃない」

 注意欠如多動症(ADHD)がある方たちを支援していると、こんなご相談をよく受けます。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 人のため、会社のため、家族のためならがんばれるのに、自分のこととなると途端にやる気が出せない人たちです。ひどくなるとセルフネグレクトと呼ばれる状態になって、不調があるのに自分を優先せず医療機関にも行かない、栄養のあるものを食べない、入浴をせず清潔が保てない、などになります。

 ここまでひどくないにしても、「プレゼントでもらったけど、自分のためにこんな高級入浴剤なんてもったいないわ」と躊躇(ちゅうちょ)する気持ちに心当たりはありませんか?

「アンのように生きられたら」

 1908年に書かれた『赤毛のアン』は、今も世界中で愛されているカナダの名作です。孤児だった主人公の少女アンが、失敗や葛藤を重ねながらも周囲の人々に愛されて成長していく物語です。前向きな性格と豊かな想像力が魅力のアンは、初めて自分の部屋をもらったとき、夢のように喜びました。そして、部屋をきれいに保ち、非常に大切にしながら空想の世界を広げました。

 私たちはアンのように、自分の世界を、自分自身を大切に生きられたらと憧れます。しかし冒頭にご紹介したように、なかなか自分を大切にする余力がない日もあるし、なぜだかわからないけど大切にする価値がないように感じたりします。

 ひどいと「朝起きる理由がもはやない」「なぜ風呂に入らないといけない」となるのです。

 私の支援するADHDの方には、こうした傾向が多く見られます。もともと、やる気に関係するドーパミンという脳の神経伝達物質の濃度が低いことと関係しているといわれています。朝起きて仕事に行く、風呂に入るという自動的に行っているようにみえる習慣的な活動に必要なドーパミンが、足りていないというわけです。だとしたら、毎日が苦痛の連続なのは想像していただけるでしょう。

 では、どうしたら自分を大切にして、日々の活動にやる気を出せるのでしょう。

 私は臨床経験から、次の3ステップでやる気をこしらえていく必要があると思っています。

必然性、価値を明確に、喜びへ

三つのSTEP(ステップ)で、やる気をこしらえる=イラスト・中島美鈴

ステップ①「人のためスイッチ」で必然性を用意する

 いきなり自分のためにがんばるスイッチはないので、既存の「人のため」スイッチを利用します。ただし、自分でその設定を行うのがミソです。

 例えば、休みの日の朝に起きられない人の場合は、朝から美容室を予約します。「美容師さんが待っているから起きよう」と思えるのではないでしょうか。

 仕事の日、1分遅刻する人の場合は、仲の良い同僚に定時に到着したらチェックを入れる表を渡して、平日5日間中1回でも遅刻したらランチを奢(おご)る約束をしてみます。「同僚に迷惑をかけないようにしよう」と、遅刻がなくなるかもしれません。

 部屋が片付けられない人の場合は、友人を家に招くのはどうでしょうか。

ステップ②極端な質問を自分に投げかけて、自分が本当に望むもの(価値)を明確にする

 ケーキが大好きでやめられない人なら、「じゃあ一生ケーキを食べられたら幸せ?」と自問自答します。目先のケーキももちろん大事ですが、本当は「スタイルが良くなって自分の体も愛せる人になりたい」と思っているかもしれません。こうした「本当に望むもの」という価値をあぶり出したら、当面は、すぐに手に入る別の報酬を自分で用意して補助輪にします。

 例えば、休みの日の朝に起きられない人が、本当は「朝起きて資格試験の勉強をして自分磨きをしたい」と思っていることに気づいたとします。それならば、おしゃれなカフェを勉強場所に選ぶことで、好きなコーヒーを飲むという報酬を補助輪にできます。

 仕事の日、1分遅刻する人も、本当は「朝起きてヘアセットもメイクも完璧に仕上げて『今日もばっちり』と鏡の中の自分に言えるようになりたい」と望んでいるかもしれません。それなら、ひとまずは、朝早起きできたご褒美に美味(おい)しいパンを用意しておくのはどうでしょうか。

 部屋が片付けられない人も、本当は「無駄なものを捨ててすっきりしたい」と望んでいるかもしれません。いつものコーヒーをご褒美にかえて、「一日一つ捨てるものを選ぶことができたら、コーヒーにありつく」というのはいかがですか?

ステップ③心から望むもの(価値)に向かって、時間や労力を使えること自体に喜びを感じる

 ご褒美という補助輪はもういらなくて、それをすること自体が喜びで、自分を大切にできている状態です。

 例えば、休みの日の朝に起きられない人が、朝起きて自分の時間を持つことそのものがうれしいと思える。仕事の日に1分遅刻する人が、朝起きてゆったりと準備を整えて仕事にとりかかれることそのものに満足、という状態です。

 部屋が片付けられない人の場合も、すっきりした部屋に整えるプロセスまでをありがたいと思えるようになったら、ステップ3ですね。

 

 みなさんはいまどのステップにいらっしゃいますか?

行動のコツをつかもう

 ステップ3までくると、目先の利益に振り回されず、さまざまな目標達成が可能になるでしょう。「やせたいけど運動はいや」「あの資格を取りたいけど勉強がしんどい」「英語をしゃべれるようになりたいけど、時間がない」のような達成までに時間のかかるものにもチャレンジしやすくなります。

 でも、まずはステップ1から徐々に取り組みましょう。そうしているうちに、行動のコツがわかってきますし、達成の喜びを脳が覚えていくのです。「なーんだ、こんなに気持ちいいのか!」と。

 ちなみに赤毛のアンのお話は、小さい頃母が私にしてくれたものです。

 赤毛のアンのように自分を大切にできたら豊かな人生ですね。

    ◇

 このコラムのような日常の困りごとを解決する方法についてもっと知りたい方は、「不器用解決事典」(朝日新聞出版)をお読みください。

https://publications.asahi.com/product/25113.html

〈臨床心理士・中島美鈴〉

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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