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想田和弘監督
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 「観察映画」と銘打ち、事前のリサーチも台本もナレーションもテロップもないドキュメンタリーを発表し続ける想田和弘監督。子ども時代、留学時代、そして現在においてそれぞれ、自分を形作る大事な「みっつ」がある。

想田和弘さんの「みっつ」

①渡良瀬川②ニューヨーク③瞑想

 《生まれは栃木県足利市。渡良瀬川の風景は、足尾鉱毒事件で被害者のために闘った田中正造と結びついている》

 物心ついた頃から、故郷の偉人として胸に刻まれています。銅山跡に行くとハゲ山があり、ここに雨が降れば洪水になって、それで鉱毒が田畑を汚したんだ、と分かる。重い歴史を肌で感じました。

 田中正造の名言に「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」というのがあります。人間と自然はどうしたら共存できるか、ずっと考え続けているのは、渡良瀬川流域で育ったことと関係しています。民主主義や人権について問いかけるような映画を作っていることとも、つながっているのかな。もう一つ、「おかしなことがあったら黙っていちゃいけない」。田中正造がお手本です。

 来月19日公開の新作「五香宮(ごこうぐう)の猫」は今住んでいる岡山県の港町・牛窓で、神社にすむ野良猫たちと人々の暮らしにカメラを向けました。プロデューサーで妻の柏木規与子が寄り合いで発言する場面があります。実は牛窓は、猫が好きで大事にしたい人と糞尿(ふんにょう)に悩まされている人とで二分されている。〝半自然〟ともいえる野良猫と人間の共存の問題です。ニューカマーなのに猫好きの立場から発言した柏木はよくやったし、僕もよく撮ったなと思います。言うべきことを言う、やるべきことをやるという考えを共有しているんですね。

 でもこの問題は勝ち負けじゃない。正義も正解もない。僕たちが関わっている猫の不妊去勢手術にしても「正しい」とは言いにくい。命の循環を断つ暴力的手段だし、これを進めれば野良猫が1匹もいない社会になる。それでいいのか? 猫も人も幸せか? 難しいです。悩んで話し合ってお互いどう譲歩するか考えるしかない。町も国も地球の問題も、同じだと思います。

 思えば僕はずっと「勝ち続ける」「正しさで論破する」みたいな、今と全く反対の考えをしていましたね。だからニューヨークにも行った。

 《東大を卒業後、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツへ。その後、牛窓に移る2021年まで27年間暮らした》

 ジャッキー・チェンとハリウ…

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