誰もが働きやすい職場づくりを目指して動き出す企業もある。都内の数社が参加したワークショップでは、発達障害の特性を持つメンバーが参加するという設定でチームで一つの課題に取り組み、気づきを語り合った=2023年4月、東京都中央区、熊井洋美撮影

バリアーをなくすのは誰か④ 東京大学特任准教授・綾屋紗月さん

 障害のある人にとっての社会での障壁をなくすため、必要な調整をする「合理的配慮」にはコミュニケーションが欠かせません。ただ、その障害の特性によっては、会話しづらいなどの困難を抱える人もいます。発達障害のある人同士の対話を通じて自分たちを理解し、快適でいられる社会環境を考える「当事者研究」に取り組む綾屋紗月さんに、コミュニケーションが変わっていくために大事なこと、「弱さを認め合う」ことの可能性について聞きました。

 ――法改正で今春、民間事業者にも義務づけられた合理的配慮について、社会の受け止めをどのようにみていますか。

 一部の事業者から「義務といってもいったいどこまで配慮しなくてはならないのだろう」と防衛的な受け止めがなされているように思います。事業者と障害者が互いに対立するイメージではなく、ともに肩を組み、公平な社会の実現という目標に向けて連帯をするための義務化である、という理解が広まると良いと思います。

 また、一般の人々の中にも少数かもしれませんが、この言葉に「障害者だけがずるい」とされる見方をもつ人がいるようにも見えます。さらに、障害のある本人や、家族の側も、「周囲に迷惑をかけてはいけない」と思う場合もある状況を心苦しく思います。

 背景には、障害の有無を越えて、社会全体の余裕のなさや、苦しさが横たわっているかもしれません。「みんな色々と大変だけれど、我慢して迷惑をかけずに生きているのだ」という自己認識が広がると、困り事を堂々と公にして、配慮を要望する他者の振る舞いに不快感を覚える人も増えそうです。

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 しかし、困り事を隠して自分にむちを打ち続けると、「どうせ誰も私のことを理解してくれていない」という孤立感は深まります。実際、日本の孤立感は非常に高いことが知られています。誰もが困り事を堂々とオープンにでき、他者の困り事に対して可能な範囲で親身になれるような社会は、全ての人にとって生きやすいものでしょう。合理的配慮の考え方は、法律では障害者に限定されていますが、理念としては普遍的なものであるべきだと考えています。

 ――発達障害のある人はコミュニケーションに困難を感じることが少なくないとされます。コミュニケーションについて、研究でどのようなアプローチをされていますか。

 私自身、30歳の頃に自閉症スペクトラム障害と診断を受けました。私たち当事者たちは、社会で当たり前とされる、多数派向けにデザインされた意思疎通の方法になじめない経験や、やりとりにおける「わからなさ」を感じています。建物や法律が多数派向けにデザインされているのと同様に、日常生活で規範化されているコミュニケーション様式もまた、多数派向けにできているのです。

 私たちの特性としてコミュニケーション障害が存在しているのではなく、多数派向けのコミュニケーション様式が障壁として立ちはだかるゆえ、私たちに合った新しいコミュニケーション様式をデザインし直さなくてはならない、という方向で研究をしています。

 そのために、どの場面でどのような経験をしたのか振り返り、そこから浮かび上がる自分たちの特徴を探る作業が必要になります。しかし経験を言葉にしようにも、世の中に流通する言葉自体も多数派の経験を表しやすいようデザインされているので、もやもやするばかりでうまく伝えられないこともあります。

 私は発達障害の人の当事者研究ということをやっています。当事者たちのもやもやを持ち寄り、経験を表す言葉やフレーズを探したり、作ったりする作業を通じて、自分や仲間をより良く理解していく営みです。言い換えると、言葉という公共財のインクルーシブデザインを目指す取り組みとも言えるかもしれません。

 自分たちのことが分かったら、どのようなコミュニケーション様式が実現すれば、私たちはコミュニケーション空間に参加できるか考えます。その時役立つのが「ソーシャル・マジョリティ研究」です。コミュニケーションの障壁にぶつかった体験を集め、分類し、感情社会学、認知科学、会話分析、(社会的行動や社会秩序を調べる)エスノメソドロジー、語用論などの専門家と協力し、多数派向けのコミュニケーションのメカニズムを探求する新たな領域です。

 当事者研究とソーシャル・マジョリティ研究を両輪として、私たちに合ったコミュニケーション様式をデザインしていきます。

 ――意思疎通などで生じる障壁は、マイノリティーである障害のある人に理由があるとみられることもあります。

 社会にある障壁は、マジョリティー向けにデザインされた社会と、マイノリティーとの「間」に発生しています。その原因をマイノリティー側に帰属させる考え方を「個人モデル」、社会の側に帰属させる考え方を「社会モデル」、両者の関係に帰属させる考え方を「相互作用モデル」と言います。現在、個人モデルは否定されていると言って良いでしょう。

「普通」な自分はどちらにいるのか

 自分がある社会の中にいて「…

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