デモクラシーと戦争⑨ 「法」は誰を縛るのか
自由が尊重されてきた香港で、「法の支配」が音を立てて崩れてゆき、「法による支配」に塗り替えられていった。
法を作る側の権力者自身も縛り、基本的人権、表現の自由を守らせるのが、法の支配(ルール・オブ・ロー)。一方、法による支配(ルール・バイ・ロー)は、権力側が権力の維持と市民への支配を強める道具として法律を作り、反対意見やデモを力で封じ、市民に服従を強いる。似ているようでまったく違う。
100年をたどる旅―未来のための近現代史
世界と日本の100年を振り返り、私たちの未来を考えるシリーズ「100年をたどる旅―未来のための近現代史」。今回の「デモクラシーと戦争」編第9回では、脅かされる「法の支配」について考えます。
これは一党独裁の中国の一部で起きたことではある。だが、香港は20世紀を通じ、透明性があり公平な「法の支配」が根付く自由都市として世界のビジネス界で信頼を得てきた。1997年の英国からの返還以降、50年は社会システムを変えない国際公約もあった。にもかかわらず、権力側の作った1本の法律でこんなにもろくも民主主義が壊される。世界はそれを目の当たりにしている。
「歴史の証人になろうと思って法廷に来た。香港にかつての法治はない。中国共産党、そして一人の皇帝が定めた決まりに従わねばならない」
2024年11月19日、早朝から傍聴を希望する300人以上が並んだ香港高等法院(高裁)。一人に記者が声をかけると、香港生まれの60代女性が声を潜めて語った。裁判所の内外で多数の制服や私服の警官が目を光らせている。道路には機動隊のバスや爆発物処理班のトラックまで横付けされ、緊張感が漂う。
女性は、判例に基づき透明性のある「コモンロー」(英米法)が支配していた香港で育ってきた。女性は周囲を気にして、皇帝が誰だか口にするのをためらったが、それが習近平(シーチンピン)国家主席を指すのは明らかだ。
裁判所はこの日、香港の民主派ら45人に禁錮4年2カ月~10年を言い渡した。45人は2020年7月、立法会(議会)選を前に民主派の候補者を絞り込む非公式の予備選を行い、過半数の議席を得ることをめざした。その上で予算案を否決して香港政府トップの行政長官を辞任に追い込もうとした。判決は、そのことが「香港政府の機能を著しく傷つけ、妨害した」とし、香港国家安全維持法(国安法)の国家政権転覆罪に当たると認定した。
香港の国安法とよく似た法律が戦前の日本にもありました。普通選挙法と同じ年に制定された治安維持法です。存続した20年間で、日本国内だけでも約7万人が逮捕され、400人以上が拷問や虐殺、拘留中の発病などで命を落としたとされています。識者はその捜査の発想がいまも残っていると指摘します。
かつて香港では、野党が選挙…