法哲学者の安藤馨・一橋大学教授

「憲法季評」安藤馨・一橋大学教授(法哲学)

 この3カ月で国際情勢にもっとも影響を与えたのは、トランプ政権の関税政策であった。関税引き上げが不可避的にもたらす物価上昇は、トランプ政権の支持層の中でも特に低所得層を直撃するものと目されており、関税引き上げによる国内への製造業の回帰という目標の達成可能性が現実にはごく疑わしいことが明らかであるにもかかわらず、そうした層が政権をそれでもなお支持した理由がなんであるのか、が注目を集めている。

 指摘されている原因のひとつは、これまでの産業政策から疎外された層の「怒り」である。アメリカの産業構造がこの数十年、サービス産業優位に移行する一方で、国内の製造業は衰退したが、中西部や南部の産業空洞化は、サービス産業が稼ぎ出した富の再分配によっては決して補償されなかった。再分配の失敗が現在のアメリカの分断の根本にあり、富める「やつら」をひどい目に遭わせるためであれば、関税などの経済的には不合理な政策も厭(いと)わないという懲罰的態度がトランプ政権を支えているという指摘である。

 再分配と統合(の失敗としての分断)の間には、アメリカに限らず密接な関係がある。たとえば、欧州諸国で近年着実に進行していく「右傾化」の背景には、2015年の欧州難民危機を契機に多文化主義の失敗が顕(あら)わになったことに加え、移民によって国民から雇用が奪われ、そうでない場合にはまさに社会保障にただ乗りすることによって富が国民から奪われているという感覚が(正しい認識かはさておき)ある。移民を労働力として歓迎したグローバリズムは、自らが疎外してきたナショナリズムによって逆襲されつつある。そして、日本にとっても、これらの問題はどちらも決して無縁でない。

 そもそも、国内的な再分配を…

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