撃たれる理由など、どこにもなかった。
フィリピンの「麻薬戦争」で犠牲になった息子の遺影を、母は抱きしめた。無実の罪で突然奪われた命。9年が過ぎ、裁判を経ない「超法規的殺人」を主導したとされるドゥテルテ前大統領が逮捕された今も、その痛みが癒えることはない。
- 【解説】ドゥテルテ前大統領 ICC公判のゆくえは
2016年9月、雨期の蒸し暑い夕方だった。マニラ首都圏ケソン市の静かな住宅街。フェルディナンド・オトゥムさん(当時34)は自宅の近所でペンキ塗りの仕事を終え、バイクの洗車をしていた。
突然、帽子にジャケット姿の4人の男が2台のバイクに分乗して近づいてきた。うち2人は銃を持っていた。
「この薬物中毒者はお前か?」。1人の男が別人の名前を告げ、尋ねてきた。フェルディナンドさんが「違う」と否定した直後、額を撃ち抜かれた。さらに体に5発。その後、周りで複数の目撃者が犯人の会話を聞いていた。
「違うやつみたいだ」…