2017年6月、14歳の中学3年生は名人を目指す棋戦「順位戦」を戦い始めた。5階級に分かれた高峰をわずか6期で駆け抜け、少年は名人になった。今春の第83期名人戦七番勝負(朝日新聞社、毎日新聞社主催)で3連覇を達成した藤井聡太名人=竜王・王位・王座・棋聖・棋王・王将と合わせ七冠=にとって順位戦とはどんな舞台なのか。勝率9割1分9厘の記憶を聞いた。

 真夜中の戦いを続ける棋士たちの肖像を描く「純情順位戦」。現在名人を保持する藤井名人に迫った特別編です。

 質問ではなく出題から始める。

 「順位戦の通算成績は?」

 藤井は「ハハハハ」と声を出しながらニコニコと無邪気に笑っている。

順位戦での月日を回想した藤井聡太

 「少し考えれば分かると思います。えーと……56の5ですか」

 おしい。57勝5敗です。

 「あ、そっか……プレーオフも含めるのですね」

 再び楽しそうに笑った。

 思考によって解を導く行為を偏愛する人である。棋士の誰もが持つ資質であり素養だが、考えることに対する比類無き情熱を持つ。難解な詰将棋であれ、薄氷の終盤戦であれ、突拍子もない問いであれ。考え、向き合い、取り組む時間に歓心と価値を見ている。

 持ち時間各6時間。1日制対局で最も長く、深く考えられる順位戦での傑出した記録は、あるいはそのような個性が描いた足跡なのかもしれない。14歳から20歳まで戦った6期は、天空へと続く高峰を短距離走のように駆け上がった月日だった。

▼17年度 C級2組 10勝0敗で昇級

▼18年度 C級1組 9勝1敗

▼19年度 C級1組 10勝0敗で昇級

▼20年度 B級2組 10勝0敗で昇級

▼21年度 B級1組 10勝2敗で昇級

▼22年度 A級   7勝2敗でプレーオフ進出、挑戦権獲得、名人奪取

 全公式戦の通算勝率8割3分1厘も常軌を逸しているが、順位戦勝率9割1分9厘は神域へと到達している。

 《なぜ順位戦で勝ち続けられたのか、どんな棋戦と捉えてきたのか》

 奨励会(棋士養成機関)にい…

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