藤井聡太名人(22)=竜王・王位・王座・棋王・王将・棋聖と合わせ七冠=に永瀬拓矢九段(32)が挑戦する第83期将棋名人戦七番勝負第1局(朝日新聞社、毎日新聞社主催、大和証券グループ協賛、藤田観光協力)が9、10の両日に東京都文京区のホテル椿山荘(ちんざんそう)東京で指され、後手の藤井名人が134手で先勝した。78手目まで事前に想定していた研究が光る名人の勝局だった。
名人に定跡なし。
古来、棋界に伝承される言葉である。
時代の覇者たる名人は定跡などに囚(とら)われぬ独創の一手を指す――。どこか自由奔放な響きを持つが、名人の本質を十全には語っていないようにも思える。当代の定跡を極めた上、定跡自体を進化させる存在こそが名人であるからだ。本局の棋譜で藤井が明白に証明している。
振り駒で後手になった藤井の2手目は△8四歩。直近局の王将戦第5局で永瀬を相手にデビュー以来初の△3四歩を指しており、名人戦での選択が注目されていたが、まずは王道の一手に託した。
戦型は角換わり腰掛け銀に。誘導したのは3月の棋王戦第3局の進行だった。後手の増田康宏八段に用いられた作戦を踏襲した。壁銀になり、早々に馬を作られ、玉飛接近も生じる。盤上のセオリーに逆行する戦術だが、名人は鉱脈を発見していた。「第一感では先手が厚いと思いましたが、自信のない展開になった。後手にも楽しみがあるかもしれないと思いました」
1日目の昼食休憩明けに永瀬が放った▲7一馬(図1)で前例を離れる。後手ながら戦いの主導権を握った藤井は周到な研究をうかがわせるように消費時間10分未満のスピーディーな指し手を続けていく。初めて20分を投入したのが△8八歩(図2)だった。
局後、藤井に「どの局面まで…