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屈辱の夜を抱いて 棋士九段・行方尚史の青い春~純情順位戦~

 かつて藤井聡太名人・竜王(22)が「非常に格好いい先生」と語り、対戦を熱望した棋士がいる。酒とロックを愛し、無頼の香りを漂わせる行方(なめかた)尚史(ひさし)九段(50)は順位戦A級在位6期を誇り、2015年の名人戦で当時の羽生善治名人(54)に挑戦した実力者。今も青春の渦中にいる棋士は現在、第83期B級2組順位戦で奮闘している。

 敗れた後の酒は苦く、切ない酔いを誘う。行方尚史は苦しくて長い夜を30年以上も味わってきた。

 「ビールからウイスキー、焼酎。でも順位戦の夜は明け方まで眠れない」

写真・図版
行方尚史九段=2024年12月18日、東京都渋谷区、北野新太撮影

 2024年12月13日、行方は阿久津主税とB級2組7回戦を戦った。先手相懸かりから流行型に進んだ勝負は一進一退の攻防が続いたが、終盤に巡り来た好機で一瞬の斬れ味を欠いた。午後11時23分、投了。3勝4敗と黒星先行での越年となった。1976年、師匠の大山康晴十五世名人の尽力で建った将棋会館での順位戦最後の一局を飾ることができなかった。

 「つかめるはずだ、と思ってもつかめない自分がいて。一刻も早く上(B級1組)に戻りたいけど、簡単に終わる。終わったら逆のこと(降級点)を気にするのが順位戦なんです」

 感想戦の後、最終電車の迫る千駄ケ谷駅へと走る。電車は遅延していた。冬のホームで待ち続け、ようやく乗れた金曜日の終電は混み合い、気分は最悪だった。いつもなら40分あれば着く自宅まで1時間半を要した。

 「とてもそんな気分にはなれ…

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