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インタビューに答えるオスロ国際平和研究所のヘンリック・ウーダル所長=2024年12月11日午後10時51分、ノルウェー・オスロ、興野優平撮影

 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)をノーベル平和賞に選び、核兵器廃絶をめざす草の根運動に光を当てたのは、ノルウェーのノーベル委員会だった。その一方で同国は、安全保障を核に頼るというジレンマを抱える。オスロ国際平和研究所(PRIO)のヘンリック・ウーダル所長が現地で朝日新聞の取材に応じ、授賞の意義などを語った。

 平和賞はノルウェーの大きな誇りだ。文学賞や物理学賞などほかの賞はすべてスウェーデンで選考されるが、平和賞だけはアルフレッド・ノーベルの遺言に基づき、ノルウェー・ノーベル委員会が選考する。理由は明らかになっていないが、ノーベルが遺言した当時、両国はスウェーデン国王を君主とする連合王国だったため、ノルウェー側に配慮したとの説もある。

 委員は5人。国会が任命するが、現職の政府関係者や国会議員は選ばれない。ウーダル氏によると、委員に指名されるのは「大きな栄誉」という。

 ノルウェーでは、平和のための国際的な調停活動が外交政策の重要な位置を占める。半世紀にわたり内戦を続けた左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)とコロンビア政府との仲介など様々な局面で力を発揮してきた。

 「『平和』はノルウェーの重要なアイデンティティーなんです」とウーダル氏は話す。外交では長らく「中立的あるいは他意のない仲介者」と自国を位置づけてきたという。

 ただ、立場は複雑だ。米国などの「核の傘」に守られる北大西洋条約機構(NATO)に加盟する一方、米国と緊張関係にあるロシアとも国境を接しているからだ。そのため、NATOとは一定の距離を保ち、平時には自国内に核兵器を保管させない、核兵器を積んだ潜水艦を寄港させないなどの制約を自主的に設けてきた。冷戦時代は、ノルウェーこそが東西の架け橋になるべきだという国内世論があったという。

 だが、2022年にロシアがウクライナを侵攻し、安全保障環境が一変した。ロシアが核兵器の使用をちらつかせ、ともに長く中立・軍事非同盟の立場を取ってきたフィンランドとスウェーデンは相次いでNATOに加盟。北欧は新たな局面を迎えた。

 PRIOは24年夏、ノルウェー人を対象としたアンケートの結果を発表した。回答者の41%が「10年以内に新たな世界大戦が勃発する可能性が高い」と答えた。「ノルウェーのような国としては非常に高い数字。ここ数十年ない懸念の深さだ」とウーダル氏は驚く。

 NATOが24年に発表したノルウェー人対象のオンラインアンケートの結果によると、NATOが将来の自国の安全のために重要と考える回答者の割合は全体の86%に上った。

 日本被団協への授賞は、そんな中でのこと。核兵器をなくすために活動する個人・団体に賞を与えるのは13回目だ。田中熙巳(てるみ)代表委員(92)は先月10日、授賞式のスピーチで「核兵器は一発たりとも持ってはいけないというのが原爆被害者の心からの願い」と訴えた。

 だが、翌11日に田中代表委員らと面会したノルウェーのストーレ首相は「NATOメンバーなので核兵器禁止条約に署名、批准できない」と話した。

 戦争被爆国でありながら米国の核の傘の下にある日本の立場にも似たジレンマを抱える一方で、核兵器禁止条約については、その目的の「強い支持者」だと話した。同国は条約の締約国会議へのオブザーバー参加を続けてもいる。

 「ノルウェーは、進むべき道を模索している最中だ」と話すウーダル氏。「確かに、授賞によって(核保有国である)ロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩総書記を(核兵器廃絶に向けて)説得できるかと言われれば、難しいでしょう」と述べ、こう続けた。

 「だからこそ、この問題に光を当てるすべての努力が重要。ノーベル委員会はいつも、授賞が良い変化をもたらすことを願っています」

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