「おかあちゃん。おかあちゃん」
耳元で呼びかける。ふっと目を開けても、また目を閉じる母。
病院で許されている面会は週1回15分。認知症で、もう口から食べることができなくなった母の穏やかな寝顔を見ながら、心の中で花びら占いのようにつぶやく。
1人になってかわいそう。許そうか。
やっぱり、許せない。
いや、もう悪く思うのはやめよう。
でも、腹が立つ。好き放題に生きてきて、みんな忘れてしまうなんて……。
◇
岡山市に生まれ育った横井環(たまき)さん(56)は6歳で実父を亡くした。生計を担っていたのはキャバレーに勤めていた母。父は定職につかず、ほかの女性との関係に忙しそうだった。母をしょっちゅう殴りつけていた。
そんな父がけんかに巻き込まれて逝き、母は言った。
「ママがおるから寂しくないよな」
「うん」。若く華やかな母は自慢だった。
小学1年生だった。夜の仕事で疲れる母はいつも起きてこない。朝ご飯は食べずに学校に行った。家に帰ると、母が用意しておいてくれた夕飯をひとり食べ、眠った。
1年後、母は男性を連れてきて言った。「結婚しようと思う」
ママが家にいてくれるようになるんだ。
ママが幸せになれるんだ。うれしかった。
暮らしはすっかり変わった。夢にみた2階建て一軒家に移った。主婦になった母はおやつにプリンを作ってくれた。
でも9歳下の弟が生まれ、夢の生活は終わった。「私は、いらん子になった」
食事は自分だけ別の部屋でと…