Netflixで配信中の「アドレセンス」。主人公で13歳のジェイミー=Netflix提供

 国際的にヒットしているネットフリックスのドラマシリーズ「アドレセンス」。イギリスで暮らす13歳の少年が殺人容疑に問われ、その真相に迫っていく4話で構成された物語で、「マノスフィア」というキーワードをはじめ、様々な形で議論を巻き起こしています。作品とその社会背景について、ネットカルチャーや映像文化に詳しい評論家の藤田直哉さんに聞きました。

評論家・藤田直哉さんインタビュー

作品が映す課題を具体的に考えるため、記事では物語の詳細に触れています

 ――「アドレセンス」が注目された理由や背景について、どう考えますか。

 13歳のジェイミーという少年が、同級生の女の子を殺害した疑いで逮捕される物語ですが、背景には、インターネットなどの言説があります。いわゆる「インセル(incel)」と呼ばれる、不本意に禁欲させられる「非モテ」的な存在、あるいはネット上で過激化しているミソジニー(女性嫌悪)の思想の影響を受けた人たちがたくさんいる、という世の中です。

 舞台となるイギリスでは実際、内務省が過激なミソジニーを過激主義として取り扱うと発表されました。アメリカでも、フェミニズムの伸びや有色人種の人たちの活躍の一方で、白人男性は自分たちが剝奪(はくだつ)されて没落して負けていく「危機」のようなものを感じている。

 自分たちが置き換えられていく没落感、危機感が、「男らしさ」の喪失と重ねて理解されてしまい、「男を取り戻さなければならない」という意識が活発化している。それがネット上で過激な女性嫌悪あるいはフェミニズム嫌悪、リベラル嫌悪と接合して、ある種の「男らしさ」に強くこだわる集団を形成している。「マノスフィア」(Manosphere=man<男性>とsphere<領域、世界>を組み合わせた造語)と言われるものです。

 ――具体的には?

 典型的なのは、作中に出てくる「レッドピル」という言葉です。

 映画「マトリックス」に出てくる、青いピルと赤いピルのどっちを飲むかという有名なエピソードからきていて、青いピルを飲むと、作り物の世界の中で何も気付かないで生きていく。赤いピルを飲むと、真実の世界に目覚める。それが「男らしさ」にこだわる人たちの標語となっている。リベラルやフェミニズムといったものは全部フィクションの偽物だ、と。

 また、レッドピルで目覚める真実の一つに、作中で出てきた「80対20の法則」があります。80%の女性は20%の男性に魅力を感じるという意味で、「女性は格上の男にほれるよう遺伝子的にできていて、一部の男性が総取りしていく。だから権力を持って強くならなければならない」と、進化論も援用したような説が広がっている。

 ――インセルとマノスフィアの違いは?

 「マノスフィア」は、ネット上で「男らしさ」にこだわるグループに対する総称的な名づけで、その中に「インセル」や「ナンパ師」や「男性権利論者」たちがいる感じですね。「男らしさ」にこだわり、フェミニズムや女性に対する偏見という共通性が見られますが、結構違いもあります。「インセル」はモテないですが、「ナンパ師」はそうではない。後者は、筋肉を鍛えよう、女性は格下に見なければいけない、格上として振る舞わなければ女性にはモテない、暴力性のほうがモテる、といった内容が典型です。

 そういった言説が日本でもアメリカでもイギリスでも広がっていて、ジェイミーはおそらくその思想に影響を受けた一人。フェミニズムへの攻撃や、女性に共感すべきではない、格上に振る舞わないとすぐ格下に見られるなど、女性蔑視的な視点がある。男とはこういうものであり、女とはこういうものである、というある種のステレオタイプな考えを共有するコミュニティーの影響を受けたのでしょう。

Netflixで配信中の「アドレセンス」=Netflix提供

 日本でも、インターネットで「恋愛」「セックス」「性愛」といったものをXで検索すると、マノスフィアの言説が大量に流れてくる。僕自身もリサーチでたくさん見ましたが、やはり何かしら影響されていくんです。特に心が弱っていたり、女性にモテなくて苦しんでいたりするときには、「俺は強くないからだめなんだ、金と権力を持っていないからモテないんだ」と思ってしまいやすい。

 でも一般的には、優しく共感したほうが女性と親密になれるとも言われています。それとはむしろ逆の方向を教えていて、信じれば信じるほど、実際にはモテなくなるかもしれない。そして女性への憎悪がより高まっていく仕組みになっているようにも見えます。ある種の過激派やカルトと同じテクニックに見えます。

 ――マノスフィアは、トランプ大統領の再選にも影響を与えた、とも指摘されています。

 10年ほど前からこうした現象は見えてはいました。サブカルチャーの領域では陰謀論の存在感が強まり、2014年のゲーマーゲート事件で、フェミニストに対する攻撃が顕在化していました。それらアメリカの4chan(匿名の画像掲示版)などのオタクコミュニティーで発展した文化が、16年のピザゲート事件、17年以降のQアノンにつながっていき、トランプ政権の誕生に寄与した。この流れに強い危機感を覚えていました。

 ――近年、それがさらに強まっているのでしょうか?

 非常に強まっていると思います。トランプ氏の再選につながるなど、アメリカで主流派的になりかけている。日本でも、弱者男性論のインフルエンサーのような人がいて、そうした思想がネット上でバズっています。若い世代と話していると、男性の口からはそうした思想を頻繁に聞きます。

 これまではあくまでかなり狭いコミュニティーにあったようなものが、一般化されてきた。今までとは質的、量的に違う現象になっている。インフルエンサーやネットミーム、ショート動画などによる拡散に加えて、心情的にも賛同しやすくなっているのかもしれません。マノスフィア的な意見やインセル的な思想が、割と心の隙間に入りやすいんじゃないかな、と。

大人と子ども 見えている「違う世界」

 ――なぜだと思いますか。

 根本的に絶望しているからではないでしょうか。

 インセルと呼ばれるような人…

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