Smiley face
写真・図版
イラスト・ふくいのりこ

 認知症ケアの現場では、当事者の願いが、家族や地域の人の望みと一致しないことがよくあります。「どのようなケアをしてもらいたいのか」。当事者の意見と周囲の人の思いが異なるとき、私たちに求められるものは何でしょうか。今回も個人情報保護のために事実の一部を変更し、仮名でお送りします。

 血管性認知症、特に小さな脳梗塞(こうそく)が側頭葉を中心に多発する「多発梗塞性認知症」の診断を受けた関西に住む有村雄一郎さん(82)は、大病院から当院に紹介されて数年、妻や2人の息子と共に来院を続けました。

 有村さんは50年にわたり町工場を経営してきましたが、今は長男が会社を引き継いでいます。音楽活動で生計を立てている次男は首都圏に住んでいますが、父親と親しかったこともあり、月に1度は父の様子をみに大阪に来ることが習慣になっています。

みんな善意なのに険悪に

 そんな有村さんの状態が大きく変化しました。これまでは「何をしてほしいか」、希望をしっかりと伝えることができていましたが、この春を境に口にすることが極端に減ってしまいました。

 長男が「お父さんのためにリハビリを重視するデイサービスを増やしたい」と言います。妻は「もうこれ以上、デイサービスが増えるのはかわいそう」と否定的です。せっかくケアマネジャーが準備してくれた運動重視のデイサービスも、利用の直前になって妻から「新しいことを増やすのはやめにします」とキャンセルの電話が入ってきました。それを聞いた長男は激怒し、2人の関係が険悪になってしまいました。

 やりとりを知った次男は、「オヤジに多くのことをさせるのはかわいそうなので、うちの近くの介護付き有料ホームに入居させたい」と言いました。

本人の気持ちは?

 みんな有村さんのことを思っ…

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