暑い日々が続いていますが、暦の上では秋に入りました。秋といえば、読書の秋ですね。

 しかしみなさん、最近本を読めていますか? 買っただけで、表紙に季節のほこりが積もっていく……そんな「積読(つんどく)」になっていませんか?

 今回は、読書を日常生活に自然に組み込む方法を考えてみましょう。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 秋の夜長に湯気の立つマグカップと、柔らかな灯(あか)りの下でページをめくる――。頭ではその光景を思い描きつつ、現実にはスマホの通知の嵐と締め切りの波にさらわれ、今日は無理、明日こそ、の繰り返し。読みたい気持ちは本物なのに、読めない自分に自己嫌悪に陥ることはありませんか?

 実は多くの人が、同じ壁にぶつかります。理由は単純で、現代の暮らしは「長く続く静けさ」よりも「細切れの刺激」で満たされていて、ひとつのことにじっくり集中し続けるのが難しくなっているからです。だからこそ、読書を「気合でねじ込む」のではなく、「勝手に起こるように設計する」視点が役に立ちます。仕組みが整えば、読書が自然に続けられるようになります。

 秋は、新しい習慣を立ち上げるのにぴったりの季節です。暑さが少しずつ収束し、夜は静けさが長くなり、集中しやすくなるのです。この追い風を捕まえ、本を読めない毎日を「読書が自然に起こる毎日」へと作り替える方法をご紹介します。

 注意欠如多動症(ADHD)の主婦リョウさんもまた、いわゆる積読の山に囲まれているひとり。昼間はパートに出ていて忙しく、いつも気がつけば午後6時です。帰宅後は夕食の支度と片付け、洗濯物をたたみ、翌日のゴミ出しを準備してシャワー。あっという間に時計は夜の10時を回っています。

 枕元には、積読の小さな塔。しかしそれには見向きもせずに、スマホをさわりまくります。「週末にゆっくり読もう」と計画(後回しに)していても、急な買い物や家族の用事が入り、あっさり崩れます。

優先度の低い予定を、後回しにしない方法

 読書はマッサージや美容室など予約が必要な予定ではないせいで、優先度の低い柔らかい予定として後回しにされがちです。読む時間がないのではなく、読書が起こる段取りがないのです。

 それが、リョウさんの「読めない日常」の正体でした。認知行動療法では、こうした新しい習慣を作る時には、気合に頼るのではなく、やるしかない配置と流れを用意します。具体的には次のようにします。

 ①帰宅直後にお風呂直行で、「よっこらせ」を一つにまとめる

 平日の夜はエネルギーが残っていないのが普通です。しかし、帰宅後にはやることがたくさん待ち受けています。一度立ち止まると、次の行動を始めるためには、何かにやる気を出す時に必要な「活性化エネルギー」がいります。「よっこらせ」と重い腰を上げる時のあの力です。

 限られたエネルギーを効率的に使うために、帰宅後に一休みせずすぐにお風呂に向かって少し体を休める→洗濯→ご飯と一気に行ってみましょう。その後の読書に、エネルギーを残せます。

 ②雑用には目標完了時刻を決める。終わったら、ご褒美読書

 雑用が終わったら読書しようと考えるのではなく、雑用を終わらせる時間を決めて、読書をする時間を固定しましょう。

 ③帰宅前30分の「場所スイッチ」で読書する

 帰宅するとどうしてもだらけてしまう人は、帰宅する前にカフェに立ち寄ったり、電車やバスの中で読んでしまったりするのもおすすめです。

 ④章をちぎる・撮るなどで「一口大」に

 本が重くて持ち歩きにくいため外出先の隙間時間で読めない場合には、読みたい部分を裁断したり、自分用にカメラに撮影して持ち歩いたりするのも手です。ちぎると後戻りできないため、読む覚悟が生まれます。

 ⑤タイマー&メモで注意をそらさせない

 読書に集中する時間を決めて、タイマーをかけます。途中でついついスマホを触りたくなるなど注意散漫になったら、手元に置いたメモに「スマホ」などと書いて、また読書に戻ります。

 集中が切れるたびにメモしては、また読書に戻る。タイマーが鳴るまでこれを続けることで、徐々に集中できる時間を伸ばすことができます。

 ⑥ペアリングと小さな報酬で、読書=心地よいに配線し直す

 読書と同時に、音楽を聴いたり紅茶を飲んだりして、好きなものと読書をペアにしましょう。もしくは、「ここまで読めたらおやつにする!」などのご褒美(小さな報酬)を掲げておきましょう。

 ⑦記憶は外に預ける(付箋(ふせん)・色分け)

 読みながら内容を忘れがちだったり、全体をまとめるのが苦手な人は、付箋に章ごとの要点を箇条書きにしたり、色分けしたペンで大事なところに線を引いたりするといいです。

 ⑧「私をいじめる本」は視界から外す

 勉強しなくちゃ、部屋を片付けなくちゃ、痩せなくちゃ……といった問題意識から手に取った本は「読みたい」より「読まなくちゃいけない」本です。

 でも結果として今も読めていない本は、目にするたびに罪悪感を喚起するものです。隠したり売ったりして、視界からいったん外してもいいでしょう。

積読(つんどく)の横でスマホをさわってしまう日々を、読書が自然に起こる毎日へと作り替えてみませんか?=イラスト・中島美鈴

 リョウさんにも早速試してもらいました。

 夕方に帰宅後、リョウさんは汗だくで「まず、お風呂!」と自分に言い聞かせながら、ソファに寝転ぶのではなく、お風呂に直行しました。体が温まると、筋肉がほぐれて血のめぐりがよくなりました。その後は洗濯機を回し、キッチンに移動して夕食の段取りへ。活性化エネルギーの山を一つにまとめるやり方なので、「よっこらせ」をはさまずにテキパキ動けます。

 夕食、食器洗い、洗濯物畳みなどの雑用もゆううつですが、リョウさんは目標完了時刻を娘と一緒に決めました。

 リョウ「今日は午後8時までに全部を終わらせるね!そこからは『ご褒美読書タイム』ね。一緒に本を読もうか」

 娘「アイスを食べながらがいいな!」

 いいですね。時間を先に区切るだけでなく、娘さんのおかげで、ご褒美までペアリングできました。テキパキ動かないと間に合わない時間設計なので、スマホに手を伸ばしている場合ではありません。

 リョウさんが最初に読もうと決めたのは、一口サイズのフィンガーフードに関する料理本。義務感で買った作り置きの本ではなく、心が躍るやりたい料理の本でした。

 80ページほどの本で、A4サイズなのでいつも持ち歩くバッグには入らないのが読めない一因でもありました。リョウさんは目次を眺め、今週末に作れそうなレシピのページだけ、スマホで撮影しました。キッチンでもささっと目を通せますし、電車移動の合間にも読めます。レシピの写真を見ながらスーパーで材料を買うこともできて、便利です。

積読の塔「待っててね」 堂々と仕分けよう

 うまくいったリョウさんは、2冊目の本にはフィクションを選びました。夜にはどうしても眠くなってしまうので、帰宅前の30分を読書にあてることにしました。最寄り駅のカフェで、キッチンタイマーを15分にセットし、「この章だけ読む」と決めてコーヒーと共に楽しみます。ついついスマホを触りたくなるし、返信していないままのメールのことなど多くの雑念が浮かびますが、「とりあえずこの15分間だけ」と自分に言い聞かせながら、雑念を簡単にメモに書き出して、本へ戻りました。

 1週間後には、読書の「ペアリング」が効きはじめました。お気に入りのしおり、アイスクリーム、アロマの香りなどが読書と結びついて、リョウさんは本能的に読書時間を楽しみに待つようになりました。

 ノンフィクションを読む時には、付箋と色ペンを用意しました。フィンガーフードのレシピは工程ごとに色を変え、重要なコツには星印。読んでいるのに頭に入っていかない感覚は徐々に薄れて、手応えを感じられるようになりました。

 それでも積読の塔はまだまだ高いまま。リョウさんは一冊ずつ手に取り、仕分けることにしました。

 リョウ「私をいじめる本は、いったん見えない場所へ」

 これまで棚にしまいこんだら、余計読まなくなりそうという懸念から出しっぱなしにしていた本でしたが、それでも読まなかったわけです。しかし、今のリョウさんはもう読み始めています。堂々とした気分で奥の書棚に片付けました。

 リョウ「時間はかかっても、1冊ずつ読むから待っててね」

 みなさんも、ぜひ読書の秋をお楽しみくださいね。

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 先延ばしグセへの対処について詳しく知りたい人は、こちらも参考にしてください。「先延ばしグセ、やめられました!」(中島美鈴著、大和書房)https://www.daiwashobo.co.jp/book/b10123675.html

〈臨床心理士・中島美鈴〉

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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