大森重美さんの街頭演説台本には赤い文字や直しの跡が残されていた=2025年4月25日午後2時25分、兵庫県尼崎市、内海日和撮影

 「簡単にできないことは分かっている。だが、同じような事故が起きてからでは遅いんだ」

 乗客106人と運転士が死亡し、562人が負傷したJR宝塚線(福知山線)脱線事故から25日で20年。事故で長女の早織さん(当時23)を亡くした大森重美さん(76)=神戸市北区=は、大事故を起こした企業の刑事責任を問う「組織罰」の創設を訴えてきた。

 この日は「重大事故の責任を誰も取っていない」などと書かれたビラを、現場近くのJR尼崎駅で配り署名を集めた。「20年が経ち事故が風化している。遺族になったら人生が変わる。つらい思いをする事故をなくさないといけない」

長女はオペラ歌手を目指していた

 早織さんはオペラ歌手を目指し、同志社女子大の特別専修生として学んでいた。公演の写真を整理するため大学に向かう途中、事故に巻き込まれた。

 現場カーブを急カーブに付け替えた時の鉄道本部長だった山崎正夫元社長が業務上過失致死傷罪で在宅起訴され、歴代3社長も同罪で強制起訴されたが、いずれも無罪が確定した。

 大森さんは「誰ひとり刑事責任を問われない。司法が無責任社会を増長させている」と感じた。

 2014年、ほかの遺族らと「組織罰」に関する勉強会を立ち上げた。

勉強会は「実現する会」に

 日本の司法制度では、業務上過失致死傷罪で刑事責任を問われるのは個人のみで、組織を罰する仕組みはない。一方、組織罰は大事故を起こした企業に特別法で高額の罰金を科すことで、利益優先ではなく、安全重視を企業に促す目的を持つ。

 大学教授や弁護士らを講師に呼び、組織罰の法律の中身を考えた。事故を起こした企業に罰金を科す法律があると聞き、イギリスにも渡った。

 16年、勉強会は「実現する会」になった。18年には、組織罰の創設を願う署名が1万筆以上集まり、法務相に創設の請願書と署名を提出。現在は法務省と定期的に意見交換会を開いている。

「組織罰」創設の道のりは

 ただ、実現への道のりはまだ遠い。

 同会事務局の津久井進弁護士は「法務省も、組織罰の必要性はあると言っている。ただ、現行法にどのようにマッチさせていくのかといった課題がある」と話す。そのうえで、実現に一番必要なことは「世論」だという。「脱線事故の記憶が風化し、問題意識が薄れてしまう懸念もある」

 脱線事故後も、全国で大きな事故が相次ぐ。中央道笹子トンネルの天井板崩落事故、長野県軽井沢町のスキーツアーバス転落事故、北海道・知床半島沖での観光船沈没事故――。

 大森さんは「遺族になったら一生遺族。亡くした人が帰ってくるわけではない。だから同じ経験をする人を出したくない」と、組織罰創設への思いをより強くしてきた。

 脱線事故から20年が経ち、遺族は年を重ねた。大森さんもかつてに比べ、できる活動に限りがでてきた。

 それでも大森さんは「娘の死を無駄にしたくない」と、諦めずに活動を続けると決めている。「父ちゃんのいいとこも悪いとこも、娘はみんな見とるから。二度と同じ被害者が出ないように、できる限りのことをやってくよ」

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