連載 さくらと暮らして
高齢者ら170人が1頭のヤギと暮らす海沿いの集落に記者が通い、いまの日本が抱える課題を見つめます。
- 【第1回】トランプ関税より過疎 高齢者とヤギの暮らす集落にとっての死活問題
5月22日の昼下がり、山口県光市室積村の伊保木地区。一台の軽乗用車が民家の前にとまった。住民から「楽々号」の愛称で呼ばれるハイブリッド車だ。
後部座席の自動ドアが開くと、東伊保木集落に住む田中佳子さん(87)が乗り込んだ。この日は木曜日。毎週、伊保木コミュニティセンターで開かれる「健康体操」に参加している。
コミセンまではわずかな距離ながら、周防灘を望む地区内は高低差がきつい。杖をつきながら、急な坂道の上り下りはできない。田中さんは「みんなと体を動かし、お茶を飲んでおしゃべりするのが楽しみ。楽々号のおかげです」と笑った。
14年前、楽々号は光市から貸与された。運転免許証を返納するなどして車を持っていない高齢者らを支援するのが目的。利用登録した住民の予約を受けて運行している。
ハンドルを握るのは、住民有志たち。狭い場所での運転をサポートするコーナーセンサーや手すりを備えた車を操り、室積地域をくまなく回る。
大嶋順子さん(65)は、4年前から運転手を務める。それまでの8人乗りのワゴン車から、小回りの利く軽乗用車に代替わりしたのがきっかけ。過疎が進み、運転手不足に悩む「地区の足」の担い手になろうと手を挙げた。
「当時はコロナ禍の真っ最中。ワクチンを接種する住民を乗せて病院との間を往復しました。運転は安全第一。ひやっとした経験はありません」と大嶋さんは振り返る。
乗車料金は、地区内の移動なら無料だが、地区外への移動はガソリン代として、片道200円、往復300円を支払う。
4~5人乗せて「一筆書き」で週4回運行した時代も
地区は光市中心部から離れた…