「帰り道がわからない」と悩んだ男性のエピソードを今回はお伝えします。20年ほど前のことで、当時は「徘徊(はいかい)」と言われていました。この表現は差別的とされ、あまり使われなくなり、私も「行方知れず」など別の言い方をするようにしています。個人情報保護のために事実の一部を変更し、仮名で紹介します。
アルツハイマー型認知症の当時61歳、中村大吉さんの自慢は、「年齢不相応なほどに元気なこと」でした。
彼の住む大阪市内には、阪神高速道路があり、その一部は住宅地の上を通っています。その高架下を近所の人々は遊歩道として活用しています。朝夕にはちょうどよい「日陰の散歩道」なのです。
中村さんは同居する妻や息子から、「物忘れが激しくなっているから、道を間違えないように」と注意されていました。「道に迷うことはない。大丈夫!」と言い、中村さんは出かけていました。
そんなある日の夕暮れ時のことです。自宅に近くの交番から電話が入りました。
遊歩道で中村さんが「帰れなくなった」と通りがかりの人に訴え、その人が交番に連れて行ってくれたのでした。
「いつものコースなのに突然、目の前の風景がどこなのかわからなくなった」と中村さんはがっくりした様子でした。それを見て家族も不安になってしまいました。
そこで近くの大病院に行き、脳外科が開設した「記憶力診断外来」を受診することにしました。ところが中村さんは、アルツハイマー型認知症との診断名に納得しません。
「一度、居場所がわからなくなっただけでものわすれ扱いか」と怒りました。その後も受診を勧めると、「おれを馬鹿にしているのか」と憤慨しました。
「二度と出かけたくない」
それから3カ月後。中村さん…