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智弁和歌山―花巻東 試合前、選手たちとグランドに出る智弁和歌山の記録員・中井貴さん(中央左)=加藤哉撮影
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(8日、第107回全国高校野球選手権大会1回戦 花巻東4―1智弁和歌山)

 8日に初戦を迎えた智弁和歌山を裏方で支えてきた選手がいる。今春の選抜大会決勝で登板した中井貴(とうと)投手(3年)。最後の夏は記録員として、和歌山大会から甲子園までベンチ入りメンバーをサポートしてきた。

 和歌山県湯浅町出身。中学時代は硬式チーム「紀州由良リトルシニア」でプレーした。「甲子園を目指し、高いレベルで野球がしたい」と、小さい頃から憧れていた智弁和歌山に進学した。

 寮生が多い智弁和歌山では少数派の自宅通学生。毎朝5時半に起きて電車で通う生活だ。

 入部して、レベルの高さは想像以上だった。「同学年に渡辺颯人、宮口龍斗らすごいピッチャーがたくさんいる。このままじゃあかん」

 元々上手投げだったが、活路を見いだそうと、高1の冬にサイドスローに転向した。次第に調子が上向いた。

 今春の選抜大会では背番号19をつけ、念願のベンチ入りを果たした。

 選抜決勝の横浜戦では、エースの渡辺投手が打たれ、六回途中に救援でマウンドへ。これが甲子園での初登板だった。

 大会屈指の強打者・3番阿部葉太選手に内野安打を許して1点を失うが、4番の奥村頼人選手を内野ゴロに打ち取り、ピンチを切り抜けた。次の回で交代した。

 わずか3球。「ずっとあこがれていた甲子園のマウンドは夢のような感じでした。緊張せず、楽しく投げられた」

 しかし、その後の練習試合ではなかなか結果を出せない。春季大会でもベンチに入ったが、裏方仕事を積極的にこなした。

 中谷仁監督は「自分が輝くことよりも、チームが輝くため献身的に自ら行動する覚悟と姿勢が見えていた」と振り返る。

 夏の和歌山大会では背番号はもらえなかったが、記録員を務めた。「悔しさはあったけど、すぐに気持ちを切り替えられた」

 20人のベンチ入りメンバーが発表された後、渡辺投手がこう言った。

 「お前を甲子園に連れて行ってやる」

 和歌山大会の決勝、2点をリードして迎えた九回裏。宮口投手が気迫の投球を続けている時、なぜか涙があふれてきた。

 「まだ試合が終わってなかったんですけど。誰よりも先に泣いてしまった」と照れ笑い。数分後に歓喜の輪が広がり、大会前の約束が実現した。

 練習では、打撃投手を務めることが多い。対戦相手の投手の映像を繰り返し見て、投げ方やくせをまねして投げるのが得意だ。「物まねが得意なので。みんなからもうまいって言われます」と笑顔を見せる。

 夏の目標は春に果たせなかった全国制覇。「こいつらだったら絶対やってくれる。僕が打撃投手として投げて自信を持たせたい」と意気込み、長いときは1時間近く投げ続けた。

 迎えた花巻東戦、智弁和歌山は1回表に先制したもののすぐ逆転され、追い掛ける展開に。「ピンチでも自分の声で、明るい顔で、空気を変えたい」。制服姿でベンチから声を出し続けた。

 3点リードされて迎えた最終回、涙ぐみ肩を落とす渡辺投手を「まだ諦めるな」と激励し続けた。

 チームは昨夏に続き、2年連続初戦敗退となった。「やっぱりここはめっちゃ楽しい場所でした」。甲子園での経験を糧に、大学でも野球を続けるつもりだ。

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