昨年4月に避難指示が解除された桜の名所「夜の森」の桜並木(福島県富岡町)のそばに、バウムクーヘン店「バウムハウスヨノモリ」がオープンして1年を迎えた。「富岡町に新たな名産品をつくりたい」と地元出身の遠藤一善さん(63)が開いた。町内産の米粉を使ったバウムクーヘンが好評だ。
JR常磐線夜ノ森駅前で生まれ育った遠藤さんは、大学進学を機に地元を離れた。30歳で富岡町にUターンし、設計事務所を開いた。だが東京電力福島第一原発の事故で避難指示が出て、埼玉県や福島市などに相次いで避難した。2017年に富岡町の一部で避難指示が解除されると町内に戻り、設計や建築の事務所を再開させた。
18年から商工会長も務める。商工会では町内産の米を使った日本酒を開発してきたが、「町内産の米を使い、もっと幅広い人に受け入れられる商品を」と考えた。震災前、夜ノ森駅前には和菓子店などが並び、どこへ行くにも手土産に困らなかった。だが避難指示解除後の駅前で、再開している店はなかった。
「町民がお土産として持って行ける物を作ろう」と、遠藤さんは避難中に知り合った福島市内のバウムクーヘン店の店主に相談。作り方などを学び、夜の森地区で店を開くことに決めた。設計や建設の事務所は後輩社員に譲った。
昨年8月に店がオープンすると、「震災後初めて富岡に来た」「久しぶりに夜の森を訪れた」などと言って店に立ち寄る町民も多くいるという。「地域の交流拠点となる場所にしていきたい」と話す。
震災があった11年3月末時点で、町内には1万5830人が住んでいたが、今年8月1日現在の町内居住者は2505人にとどまる。昨年4月に避難指示が解除された夜の森地区などの特定復興再生拠点では200人だけだ。遠藤さんは、帰還や移住する人のためにも「ここで商売を成り立たせられると示すことが必要」という。
今後は隣町の大熊町で震災後に栽培が始まったイチゴや、楢葉町の特産品サツマイモを使った商品の開発にも取り組んでいくつもりだ。
夜の森地区は、川内村などで採った炭や薪を首都圏へ送るため1921年に夜ノ森駅が開業し、それに伴って開拓され、発展した歴史がある。「原発事故で再びまっさらになった土地。『開拓者』として、地域の復興を支えたい」(滝口信之)