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選手にアドバイスをする篠山産の長沢宏行監督(右)=2024年5月11日、兵庫県丹波篠山市、森直由撮影
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 おらがまちの野球部をつくりたい――。山々に囲まれ、人口は4万人を割り込んだ兵庫県丹波篠山市で、高校の野球部を通した地域活性化への取り組みが進んでいる。

 丹波篠山市の出身選手では、明石商を経て2020年にプロ野球ロッテにドラフト2位で入団した中森俊介投手(22)がいる。市内中学の有望選手が市外の高校へ入学している状況だ。

 21年春、同市に学校がある篠山産業高校の部員は5人まで減り、連合チームを組んで大会に出場した。市や篠山産で野球部だった卒業生は「選手が市外に流出しないためにも、中学生の受け皿を作りたい」と考えた。

 全国でも名のある監督を呼び込もうと白羽の矢を立てたのは、神村学園(鹿児島)と創志学園(岡山)を甲子園に導いた長沢宏行監督(71)だった。

 長沢監督は、西宮市出身で市西宮を卒業していたが、父親は旧西紀町(現在の丹波篠山市)の出身だ。また、長沢監督はソフトボールの指導者だったころに中学生を対象にしたキャンプを市内で開いた縁があった。

 そこから猛アピールした。野球部OB会が、長沢監督に嘆願書を渡したり、酒井隆明市長が直接会いに行って就任を要請したりした。長沢監督は、ほかの複数の高校から監督就任を要請されていたというが、「僕も公立の出身。自分の力が公立でも通用するかどうか、試してみたい」と篠山産への赴任を決めた。その決意を聞いた市長は涙を流して喜んだという。

 長沢監督は22年10月、市の特別職「スポーツ振興官」となり、篠山産の監督に就任した。市が雇用した指導者が、県立高校の部活動に関わるのは珍しいケースという。

 長沢監督の就任は効果を発揮した。チームの今夏の部員数は3年生5人、2年生13人、1年生18人と36人になった。今春の県大会では、夏の甲子園に2年連続で出場している社と対戦し、敗れはしたが中盤まで競った。結果は32強入りして、今夏はシード権を得た。

 市内に住む酒井風雅選手(2年)は、中学3年生のころ、県外の強豪私学への進学を考えていた。だが、強くなっていて家から近い篠山産へ進学した。「打撃や守備、走塁の様々な技術を監督から教えてもらえる。選んで良かった」と話す。チームの状況については「入学してからレベルが上がり、一つにまとまってきた。多くの地元の方々が試合を見に来てくれて、応援されていると感じています」と笑顔を見せた。

 野球部だった卒業生たちも全力でチームを支えている。遠方から入学した部員のために、昨年11月から下宿の運営を始めた。学校から自転車で約10分の場所にあった民間宿泊施設を借り上げた。OB会のメンバーら約10人が毎晩交代で泊まり込んで管理している。現在は神戸市、西宮市などの1、2年生9人が利用している。

 下宿は木造2階建てで、48畳の大広間があり、夜には素振りやシャドーピッチング、筋力トレーニングができる。ダイニングキッチンも備えていて、料理の得意な卒業生が朝食や夕食をつくっている。食事はバリエーションを増やし、特に栄養面に気をつけて調理している。

 OB会長の神山一郎さん(70)は「少しでも甲子園に近づけるように、OB会としてもできる限りのサポートをしていきたい」。長沢監督は「全国でも珍しい取り組みではないか。OBの方々の母校愛は素晴らしい。とても感謝しています」と話す。

 下宿には、地元住民から米や野菜、シカ肉などの差し入れが届く。神戸市灘区出身の柏木唯人選手(1年)は「山や田んぼなど自然が豊かで空気がおいしくて、落ち着いた環境で野球に集中できる。自転車で登下校中に住民の方が『頑張ってね』と声をかけてくれるのがうれしい」と言った。

 長沢監督は、今夏のチームについて、県外の強豪校と練習試合で接戦ができるようになり、着実に力がついてきたと感じている。「強くて勝てるチームに育て、中学生に選んでもらえるチームにしたい。甲子園へ行けるような土壌をつくりたい」と力を込めた。

 篠山産で野球部だった市教委職員の辻川貴志さん(46)は「高校野球を通じた地域活性化を目指して、市としても最大限のバックアップをしたい」と言う。

 篠山産は12日、御影―伊川谷の勝者と初戦を迎える。同じブロックには、昨夏4強の滝川二やシードの明石などがいる。(森直由)

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