Mリーグのレギュラーシーズン最終戦。フェニックス・醍醐大(ひろし)(49)は「普段だったら絶対にできていないアガリ」で、熱狂を生み出した。
終わってから約1カ月。いま感じるのは、憧れの存在に少しだけ近づけた達成感だ。
MVPは醍醐か、麻雀(マージャン)格闘倶楽部の佐々木寿人か。この日、トップをとった方がMVPという大一番を迎えていた。
試合前はいつも通りの冷静な表情。だが、何度か「緊張しますね」と話していた。
「(この試合開始時点で暫定首位の)白鳥さんをまくるには、基本的にトップ条件とシンプルだったので。口では『緊張する』と言っていましたが、そこまでだった気がします」
試合には前傾姿勢で臨んだ。
東1局から「いつもなら仕掛けるか分からない」局面で鳴き、2千点のアガリ。その後も何度かいい手は入った。
だが隣でMVPのライバル佐々木が、ことごとくチャンスを踏みつぶしていく。みるみるうちに差は広がった。
オーラスを迎える頃には倍満ツモ以上をアガらないと勝てない、絶望的な状況に追い込まれた。
「結局ずっときつい展開で。これはダメな時の感じだな、と」。卓上にせり上がってくる配牌(はいぱい)を、冷静に見つめていた。
着順を下げてチームに迷惑はかけられない。思考を巡らせ、牌を開く直前、倍満が無理そうならば早めにアガろうと心に決めた。
いざ。配牌を開く。
一見して形は良くなかった。
だが、倍満を狙うこともできなくはない。
リーチして裏ドラが乗った時にリターンの大きい七対子(チートイツ)を軸に、道筋は見えた。
引くか、進むか。
「行ってみるか」
普段なら絶対に鳴く牌を見逃して、真ん中の牌も切って、ひたすらに倍満を追った。
「リーチ」
最初に思い描いていた形ではなかったが、ツモれば三暗刻(サンアンコー)ができて逆転となるリーチを放つ。
控室で「ツモれる、ツモれる、ツモれる!」とチームメートの茅森早香が3回呼びかけた瞬間、醍醐はアガリ牌の「北」を引いた。
「ふう」と一つ息を吐いて、天井を見上げる。「もう頭が真っ白。山に残っているかも分からないので、びっくりしてしまって」
普段の麻雀ではたどり着けない景色だった。
感動や興奮は、いつだって常識の外からやってくる。実況の日吉辰哉は「こんなこと、ドラマでも映画でも漫画でも起こらないと思う」と表現した。
あまりに劇的な勝利に、ファンたちは一人のプロを思い出していた。
名は、近藤誠一。見る人の心を揺さぶり、Mリーグ史に残る試合を何度も見せてきた麻雀プロだ。
醍醐は昨季、体調不良を理由にフェニックスの選手を退いた近藤の後を受けて、チームに入った。
そして、醍醐にとって唯一尊敬する麻雀プロが近藤でもある。
「今どきじゃないかもしれないけど、僕は麻雀プロって、麻雀の専門家であればそれでいいと、心のどこかで思っているんです」
そう前置きして、言葉を続けた。
いつでも淡々と話す醍醐には珍しく、熱を帯びる。
多くの人の心を揺さぶったレギュラーシーズン最終戦のオーラス。MVPに輝いた醍醐大に、ファンたちは近藤誠一の姿を重ねた。醍醐もまた、近藤の姿を追い求めてきた。
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